尖閣~防人の末裔たち
「こちら海上保安庁、第11管区海上保安部所属、巡視船「はてるま」です。航行中の漁船「やはぎ」及び同行する船舶に連絡します。ご覧のとおり、中国の海洋監視船が貴船団への接近を試みています。このまま魚釣島周辺の領海に入ると不測の事態に発展する可能性があります。直ちに針路を変更し、この海域から退去してください。」
兼子は繰り返し無線で呼び掛けた。
周囲が騒がしくなってきた。正確には並走する巡視船がメガホンで河田の船団に退去するように呼び掛けているのであった。
「船舶無線に、海上保安庁からの退去要請が入っています。」40代半ばに見える日焼けした男が河田の元に走って報告に来た。
「了解。船舶無線をスピーカーに切り替えてくれるか。」
河田は男に告げた。
「こちら海上保安庁、第11管区海上保安部所属、巡視船「はてるま」です。航行中の漁船「やはぎ」及び同行する船舶に連絡します。ご覧のとおり、中国の海洋監視船が貴船団への接近を試みています。このまま魚釣島周辺の領海に入ると不測の事態に発展する可能性があります。直ちに針路を変更し、この海域から退去してください。」
巡視船の声は、何度も繰り返し呼び掛けていたらしく、反応のないことに苛立ちを感じているような口調になっていた。一通り聞き終えると河田はヘッドセットのマイクを顔の横に曲げ、代わりにデッキに備えられたマイクを取った。
「ご苦労様です。こちら漁船「やはぎ」の河田勇と申します。あなた方は日本国籍の当船が日本領海に入らずに退去しろと言っているのかね。」
河田はいたって紳士的に語りかけた。しかし表情は正反対に非常に険しいものがあった。古川がシャッターを切るのを一瞬ためらったほどだ。
「その通りです。中国の海洋監視船が割り込もうとしています。このまま領海に侵入すると、彼らは何をするか分かりません。大変危険です。」
スピーカーの声は、漁船から応答があったためか、若干落ち着いてきた。
「諸君が退去させるべきは、外国船である海洋監視船の方ではないか?我々は日本の領海を航海しようとしているだけではないですか。違いますか?危険かどうかは我々で判断する。あなた方はこの海で一体何を守っているというのだ?」
傍らでは、古川が懸命にメモを取っている。
「私たちが守っているのは、命です。あなた方の身に危険が迫っているので最善の方法をお願いしているのです。仰るとおり外国船を退去させるべきは筋ですが、一刻の猶予もありません。私はあなた方の。。。日本国民の生命を優先します。」
スピーカーから流れる声に力がこもっているのが分かる。古川は河田の判断に聞き耳を立てる。
そもそも海の警察官たる海上保安庁は、違法操業や密輸など、海の犯罪行為には逮捕権があるが、中国の海洋監視船のような公船に対しては強制力はない。確かにこの場では最良の判断だ。しかしここまで明確に「命優先」と語るとは、俺は気に入らない考えだ、が、なかなか信念をもった奴が海保にもいるものだな。と河田は思った。河田の頬が緩んできたのを古川は見逃さなかった。思わずシャッターを切る。
「よろしい。ここは退去することにします。」
河田は、あっさりと引き下がった。
初回から目立ちすぎるのも今後に響くだろうし、この辺にしとくか。。。と河田は内心呟いていた。
そして河田の船団は、大きく旋回して石垣島へのコースを戻り始めた。
中国の海洋監視船は、それを見届けたにも関わらず、なおも領海に入ろうとしていたが、漁船団の包囲から解放され身軽になった巡視船による追及と、サービス精神旺盛?な海上自衛隊のP-3Cティーダ3とティーダ6の執拗な低空飛行により領海侵入を諦め、接続水域の外に去っていった。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹