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尖閣~防人の末裔たち

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「巡視船の次はPー3Cか。海自もなかなか頑張るじゃないか。」と河田は呟くと、巡視船にシャッターを切っていた古川に
「今度は空からも来ますよ。海上自衛隊のPー3Cです。かなり低いですよ。」
と声を掛けた。
 古川は「おぉ、すごいですね」と半ば歓声に近い声を上げて望遠レンズがあるほうのカメラを上空へ向けた。船尾方向からどんどん迫ってくる2機のPー3Cをほぼ正面からファインダーに捉え、シャッターを数枚切った。
 歓喜じみた声を上げた割には、冷静にシャッターを切るんだな。さすが場数を踏んでいるだけのことはある。と河田は古川の様子を見ながら思った。
「前方の海監が左右2手に別れましたぁ。」
 河田のヘッドセットに見張りの声が響いた。双眼鏡で見ると左右に分かれた白い船が左右にどんどん離れていく。両脇から挟むつもりらしい。
「各船。海監が左右に分かれて向かってきている。両脇から当艦隊を挟むことと認む。海監・巡視船の動向に構わず。このまま魚釣島へ直進する。」

 海上保安庁の巡視船も加わり横に幅の広くなった船団は真っ直ぐに魚釣島を目指している。そこへ2隻と1隻に分かれた白い船が魚釣島を背にして急速に接近しているのがその航跡からはっきりと見て取れた。長谷川は、マイクのスイッチを入れ
「ティーダ6。こちらティーダ3。前方右側、2隻の海監にまずはローパスをカマす。左エシュロン隊形のまま付いてこい。」
「ティーダ3。了解。右側2隻へローパス。左エシュロンを維持」
 大谷の声が幾分緊張気味なのが伝わってくる。左側にある機長席の長谷川は、左を振り返り側面後方の窓越しに左斜め後ろを見る。そこにはティーダ3、大谷が操縦桿を握っているP-3Cが付いてきている。気流は乱れていないのに少し揺れてないか?あれじゃ、3の連中は酔うかもしれんな。今日は皆川さんにたっぷりしごいてもらうんだな。長谷川は、苦笑した。

 白い船体の海監が全速力で日本の船団に向かっているのはその湧き立つ波と航跡が雄弁に物語っている。速力こそ最大20ノット程度で、日本の巡視船「はてるま」型の30ノットには遠く及ばないが、大袈裟に波を立てて向かうその先には、日本の船団がみるみる迫ってくる。それもそのはず、相対速度でいったら、35ノット。時速約65kmで接近しているので当然といわれればそれまでだが、大きな船が互いに向かって突進していく様は迫力十分であった。そして、空からは、重低音を誇らしげに響かせた日本国海上自衛隊の哨戒機P-3Cが2機向かっていた。4つのプロペラを回し、低空で接近する2機は、ジェット機にはないジワジワと迫り来るような圧迫感があった。日本の船団を目の前にして、海監の甲板に出ていた大勢の中国人が空を見上げ、P-3Cを指差しあっていた。そんな彼らの頭上を2機のP-3Cがかすめるように飛び去っていった。あるものはしゃがみ、あるものは帽子を押さえ、そしてあるものは船内へ逃げ込んだ。それでも海監は日本船団に接近し、遂に回り込んで同じ針路に入ることに成功した。

 河田と古川が乗る「やはぎ」を中心にX形に輪形陣を組んだ漁船団の両脇と真後ろに日本の海上保安庁の巡視船がジグザグに航行している
。そしてその巡視船のジグザグ航行の内側に食い込むべく、中国海洋監視船いわゆる海監3隻が不安定な航行をしている。
 この様子を魚釣島上空を大きく左旋回していたPー3Cのコックピットから眺めていた長谷川は、軽く舌打ちをした。海保のジグザグ航行で海監をブロックしているが、隻数が明らかに足りない。海監に漁船の隣に入り込まれるのはもはや時間の問題だった。
長谷川は
「ティーダ6。こちらティーダ3。もう一発かますぞ。Right headding 090(右に旋回して進路90度(東)とせよ)」
と苛立ちを隠せない声で命令した。
「こちらティーダ6。了解。Right headding 090。やつらの帽子を吹き飛ばしてやりやしょう」
 皆川のダミ声が返ってくる。その声音と茶目っ気な台詞とのギャップにクルーの間に笑みが発生したのを長谷川は見逃さなかった。適度の緊張は必要だが、過度の緊張は、人為的ミス、判断ミスなど、作戦遂行に必ずしもプラスとはならない。
それを知ってのベテラン皆川の心遣いに長谷川は感謝した。

 右前方に上方にティーダ3の翼の下面と胴体後部の下面が大きくはみ出して見えている。それはティーダ3とティーダ6が編隊を組んだまま右旋回に入ったことを意味していた。旋回の途中で見えているティーダ3が少しずつ遠のいていったことに気付いた大谷は、既に手袋の中が汗で洪水寸前なことに気付いていた。背筋に冷たい何かが走った。
「機長、滑っています。」
 皆川がさり気なくアドバイスを出してくる。大谷に衝撃が走った。それは操縦の基本中の基本だった。単純に言えば、遠心力に機体が旋回方向の外側に流される状況のことである。これは垂直尾翼に取り付けられている方向舵を使って、少し首の向きを変えれば済む話である。その滑りが発生していることに気付かずに焦った自分に大谷は腹がたった。。。更に計器も確認せずに操縦していたということにもなる。皆川の気遣いで他のクルーにはまだ知れていないが知られたら大変なことになる。あなた方の命は、ヒヨっこ機長が握ってます。クソッと内心毒づきながら右足の方向舵ペダルを踏み込んだ。すると今度は急激にティーダ3が接近してきた。いや正確には大谷のティーダ6が接近してしまったのだった。明らかに踏み過ぎである。本来なら、計器の滑り計を見ながら微妙な方向舵裁きをすべきところを焦りと腹立ちのあまり乱暴に扱ってしまった。一瞬で寒気がするほど血が引くのを感じた大谷は何も出来ずに固まってしまった。
「アイハブ。ラダー(方向舵)から足を離してください。」
 言葉遣いは丁寧だが皆川の強い口調に大谷は我に返ってペダルを放す。
「ユーハブ。すみません。」
 大谷は、その言葉を搾り出すので精一杯だった。
 操縦を皆川に取って代わられたティーダ6は、何事も無かったかのような滑らかさでティーダ3に追従していった。

「間もなく魚釣島の領海に入ります!このままでは海監まで領海に侵入してしまいます。」
 巡視船「はてるま」では副長の岡村が声を張り上げた。その表情には先程の落ち込みは見られない。船長として兼子は岡村の立ち直りの早さに安心した。あとはコミュニケーションを重視すれば時間が解決してくれるだろう。
 兼子は大きく、しかし静かに頷くと
「ありがとう副長。漁船団に退去要請と海監に警告を出せ。各船に連絡、漁船へはメガホンで呼びかけ。無線での呼び掛けは当船で行う。各船は電光掲示板に中国語での警告を表示。「いしがきは」無線で中国語の警告文を流せ。」
 了解。と副長は答えると、各部署へ連絡を行った。電光掲示板は、巡視船の側面に新たに取り付けられたパネルで、ここに中国語での警告文をテロップのように表示し、明確な意思表示を行っている。
 そして、兼子は通信室を呼び出すと。船舶無線に繋ぐように指示した。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹