尖閣~防人の末裔たち
照れ笑いがやっと顔から引いた浜田が横目を昇護に向ける。
「いえ、何でもありません。このまま着船まで操縦させてください。」
「了解。じゃあ任せた。」
浜田は、周囲へ監視の目を向けながら応えた。
尖った鼻先、引き込み式の車輪。軽快な動き、、、丸みを帯びた愛らしい鼻先にトンボのように長い尻尾、太ったキャビンにソリのようなスキッドを付けた、これぞ働くヘリコプター然としていたベル212とは正反対のイメージのS-76D。昇護は、やっと好きになり始めた愛機「うみばと2」の出力を上げた。昇護に相棒として認められつつある「うみばと2」は、その期待に応えるように俊敏に加速していった。
JR水戸線を終点の小山駅で降りた悦子は、ホーム端の階段を上り終えると、抱いていた娘を降ろした。もうすぐ2歳になる娘は手を引かれてたどたどしく歩きながら長い通路を歩き出した。
今日は改札まで歩ってくれるかしら。。。
新幹線に東北本線、両毛線も乗り入れている小山駅の水戸線のホームは、駅の端にあり、階段を上ると古い跨線橋(こせんきょう)を廊下のように改造したであろう通路を歩き、東北本線を渡る。長い通路には東北各地の旅行や名産品を紹介するポスターや、家電品に至まで様々な大きな広告な並ぶ。宣伝効果をあげたり広告収入を得ることも勿論だろうが、通路の古めかしさをせめて明るく彩りたいから、という思いもあるのかもしれない。
高校生の頃よりは随分明るくなったけどな~。
あの頃は今の自分がこんな人生を送っているなんて予想もしてなかった。ましてや自分の夫があの人になるなんて、微塵もなかった。
「うぁ~、おっちいお顔ぉ、これ、パパのジュッチュー。」
娘が、覚えた単語を並べたてて悦子の手をぐいぐいと引っ張り、ある広告の前で立ち止まる。
海と抜けるような青空それは高みに行くほど青が増す奥行きのある空。アップに映った汗ばむ顔の男の口元には、泡が残り、口から離したばかりのビールの缶はラベルをこちらに向けている。その背後の細く背の高い椰子の木が南国であることを主張している。
「あっ、」
夏も終わりに近づき、追い込みのようにさらに新たな広告を貼り出したのだろう。初めて目にする広告だった。
そこには、古川悟の顔があった。
アルミ缶の地肌を強調するかのような銀色の缶に黒で描かれた商品名。辛口を前面に押し出して日本はおろか世界中で日本のビールを有名にしたこのブランドは、売り出した当初から広告のモデルには日本を代表する男を選んでいた。カメラマンに、スポーツ選手、作家にジャーナリスト。
古川と結婚して間もない頃、世界を股に掛けて活躍するジャーナリストが出演していたこのビールのCMを見ていた時、
「俺も、有名な新聞記者になって、このCMに出るぞ。」
と、ビールを煽っていた古川の笑顔が悦子の中で懐かしく膨らむ。
「おめでとう。。。」
相変わらず爽やかとはいえない彫りの深い笑顔の男に呟いた悦子は、こぼれそうになる涙を娘に気付かれないように指先でそっと拭った。
「ママぁ、お友達?おじさんの、これ写真」
娘が悦子を見上げる。疑うことをしらない真っ直ぐな目が愛らしい。
「ううん、違うよ。知らない人。」
悦子は応える。
あの日、そう、もう4年も前の夏のこと。あの人のホテルの部屋で帰りを待っていた私。。。
精一杯謝った。あの人も許してくれた。もう一度、結ばれるかもしれないと思っていた。そうして待っていたあの部屋。いつの間にか眠ってしまった悦子が目を覚ましたときには朝だった。尖閣での事件は終息したのにも関わらずまだ戻らない古川の身を案じながらも、新しい1日の始まりに洗顔をしようとバスルームへ向かう悦子の目に1枚の紙が差し込まれてた。部屋のドアの下から差し込まれていた紙は、手帳のページを破ったものだった。
あの人、まだこの手帳を使ってるんだ。。。
その紙を手にした悦子に懐かしさが込み上げ、優しい気持ちに包まれる。悦子が初めて古川にプレゼントした手帳。彼女が一生懸命選んだそれを気に入った古川は、毎年買い続けて愛用していたが、離婚した後も使ってくれているとは。。。結婚したばかりの若いあの頃、、、新聞記者という仕事のため、会えない時は、これにメッセージを書いてやり取りしたっけ。
懐かしい。。。あの人も、そう思ってくれてるのかしら。。。
紙を裏返した悦子の表情が一気に曇り、手が震え出した。
田中 悦子 様
この度は、こんな事件に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。
私は、あなたと結婚したことも、離婚したことも後悔していません。 正直に言えば離婚した後、しばらく悩みましたが、私は自分の生き方を見つけました。今はそれに向かって努力している最中です。叶うかどうか分かりませんが、とても充実しています。
あなたの想い、反省し苦しんできたことも分かりました。これ以上苦しまないでください。
私があなたに望むこと。それはあなたの幸せな人生です。あなたにプロポーズした時の想いと変わっていません。私はあなたのこれからの人生に関わることはないと思いますが、望みは変わりません。
私は私の、あなたはあなたの人生を精一杯悔いのないように生きていきましょう。
君に幸多きことを!
古川 悟
涙が溢れ、紙を持つ手に、そして、紙を濡らす。インクが滲まないのは、私がプレゼントしたあのペンを使っているからだ。雨の中での取材でも使えるようにって。。。
やっと分かった。あの人は私との思い出を消したいのではなくその思い出を大切にしながら新しい道を歩いているのだと。私も新しい道を歩こう。後悔しないように。。。
「さ、行こう。パパにビール買っていってあげようね。」
悦子は、娘の手を優しく握りなおして長い通路を歩き出した。
-終戦から70年以上が過ぎた今、当時を生きた日本人は少ない。まして当時を軍人として生きた世代の人々はほとんどいない。彼らの生の言葉を聞くことが出来るうちに聞いてほしい。どんな思いだったのかを。
あるいは、彼らの生前にその言葉を聞く機会のあった人は、それを代々伝えていってほしい。
臭い物には蓋(ふた)をする国民性、腫れ物にはあえて触れようとせずにそっとしておく国民性が戦後長きに渡って歪んだ平和主義を生んだのではないか、歴史は繰り返す。という通り歴史から学ぶことを止めてはいけない。歴史を学ぶと言うことは、すべてを公正に見なければならなかったはずだ。だが、戦後の歪んだ平和主義は、祖国日本の事実を負の部分しか伝えなかった。これが主流となってしまったのではないかと私は見ている。公正に見れば、これが「自虐史観」であることは明確であるが、摩擦を恐れたのか戦後社会は、ひたすら詫びに詫びぬいた。その結果が歴史教科書問題にも発展しているのではないか。自国の教科書、しかも後生に自国の歴史を伝える教科書で何故他国に意見されねばならないのか。。。
そういった戦後社会の中で、その時代を戦った人の本当の想いはどれだけ後生に伝わったであろうか。本心を社会に語れずにその想いを胸に秘めたまま静かに旅だった人は多いのではないだろうか。。。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹