尖閣~防人の末裔たち
ならば、我々は自ら調べ、考えねばならない。聞けなかった分感じ取らねばならないのではない。特攻、玉砕、万歳突撃。。。なぜ、人類史上かつてない戦い方を日本人がしたのだろうかを。。。
それらを戦後社会で培われた歪んだ平和主義の頭でヒステリックに考えてはいけない。
まずは当時の日本人の置かれた状況を考えなければなるまい。共産党と国民党に別れて内戦をし、さらに日本とも戦争をしていた中国を除けば、アジアで独立国家として成り立っていたのはタイと日本だけだった。その他は、欧米の植民地支配下に置かれていたのだ。これが何を意味するのかは想像に難しくないだろう。油断すれば日本は欧米の植民地になってしまう。日本への最後通牒となったアメリカの「ハル・ノート」はまさしく明治以前の日本へ成り下がるよう要求するものだった。さもなくば、石油や鉄は売らない。という強硬さだった。
そもそも太平洋戦争という呼称は戦後、戦勝国主導で名付けられたもので、日本は当時、大東亜戦争と呼んでいた。つまり、アジアを欧米の植民地支配から解放する。という大義名分のもと戦っていたのだ。つまり負ければ問答無用で植民地となることを覚悟した戦いだったともいえるのではないか。そして、戦争末期の日本を思い浮かべてほしい、大都市は一般市民をも狙った無差別爆撃にさらされ、田舎では、戦闘機に農民や子供達が銃撃される毎日。こんな相手に負けたらどうなるか、、、両親は?兄弟は?姉は?妹は?恋人は?妻は?子供達は?
そう、男達が愛すべき、守るべき人々に惨い死が待ちかまえていることは想像に難しくなかったのではないか。
愛すべき人達が、1日でも長く生きながらえることが出来るなら。1日でも長く平穏に暮らせるなら、と、守るべき立場にある男達は考えたのではないだろうか?
だからこそ絶望的な状況で負けると分かっていても人類史上ありえない戦法にたったひとつしかない命を投げ出した彼らの自己犠牲の精神に感謝し称えることはあっても非難するのは間違いである。非難すべきは、彼らの純粋な自己犠牲の精神を作戦として利用し、戦法と化した指導者層を非難すべきなのだ。
ここまで一気にキーボードで打ち込んだ古川は、手を休めて冷めてしまったコーヒーを喉に流し込む。
「食前酒には何をお召し上がりになられますか?」
古川が手を止めるのを見計らったかのようにキャビンアテンダントの若い女性がその見た目を裏切らない清楚な口調で尋ねる。しゃがみ込んで目線を古川より下にしているのも好印象だ。それだけで疲れが癒される。
「ありがとう、じゃ、ウィスキーを水割りで頂こうかな。」
それにしてもキャビンアテンダントというのは、スチュワーデスと呼ばれていた時代もそうだが、なぜ前髪を垂らさないんだろう。みんな額
を出して髪を後ろに撫でつけるように縛っている。まるでシンクロナイズドスイミングの選手みたいだ。清楚だが色気は感じないな。ま、客の命を預かる手前、いろいろ厳しい規定があるのかもしれない。
「古川さんですよね。お邪魔でなければ、ここにサイン頂けませんか?」
通路を挟んだ向こうの席の男が声を掛けてきた。40代半ばに見えるその男の、上品なスーツの袖口が最初に目に入るが、その先の手が持っていたのは紛れもなく古川の著書だ。
-最優先事項~集団的自衛権を語る前に。。。-
4年前の尖閣での事件は様々な波紋を産んだ。その中で古川が意外に感じたのは世界各国の反応だった。
-侵略することを明言している軍艦に対してCoast Guard(沿岸警備隊。日本でいえば海上保安庁)を前面に出してどうする気だ。日本は自国を守る気があるのか?-
-イージス艦を始め、世界屈指の軍艦を持っている日本が、なぜ巡視船しか出せないのか。政府の正気を疑う。-
-歴史認識の相違もそうだが、周辺国家に気を遣うことと、国防を放棄することは違う。国防を放棄する政府に日本国民は税金を払う必要はない。-
-どんなに高性能な兵器を持っていようと、どんなに優秀な兵員がいようと、それを使いこなす仕組みがなければ、何にもならない。今回の対応を反省し、改善しなければ、近い将来、日本という国家は地球上から消滅するだろう-
-我々は、日本の自衛隊が集団的自衛権を認められ、我々同様に行動できることを期待していたが、自国を守ることもできない軍隊を我々は信用できない。-
-日本政府は、軍事力による国際貢献に焦るあまり、国防をないがしろにしている。-
これら世界各国の非難とも日本への憂いとも捉えられる多くのコメントをきっかけに、当時の与党、在民党の宇部政権が掲げた「国際的平和主義」という名のもとに半ば強引に進められていた、憲法9条の改正と、集団的自衛権容認について「そんなことよりも、しっかりと国防できる法整備を優先すべきだ。」として、古川が警鐘を鳴らすべく執筆した最初の書籍だった。
それまでは新聞記者出身の軍事ジャーナリストとして活動してきた古川は、河田と共に行動したことで、見た物事をありのままに伝えることを超え、問題の核心を突き、読者に日本のありようを問うといった書籍を書くようになった。
河田が最後に古川に遺した言葉、
「真の独立国家として。国民が正々堂々と国を愛せるように。誇れるように。。。」
その言葉に応え、次代に日本を託す。。。それがこの国を憂いて自らの命を投げ出した河田への供養にもなるだろう。やり方はともかく、本気で日本を憂いた河田の魂に報いるために。。。そのために古川は書きだしたのだった。
「はい。どうぞ。これからもよろしくお願いします。」
男に示されるがままに開かれたページにサインをした古川は恭しく礼を言いながら読者に本を返した。「ありがとうございます。先生はフィリピンで何を。」
男の目は少年のように輝いている。
「今書いている作品の取材です。いや、ルーツを探りに行く。ってとこですかね。まず初めて特攻隊が飛び立ったというマバラカットに行こうと思っています。」
「マバラカット。そうなんですか。お気を付けて、お邪魔してすみませんでした。次の本、楽しみにしてますよ。」
男は席に座り直すと、軽く会釈をして、食前酒に口を付けた。
男が自分の世界に戻ったのを見届けた古川は、水割りのグラスを目の前に掲げると、軽く目をつぶった。その命の投げ出し方には疑問もあるが、あの初老の紳士の気持ちや考え方は理解できる。。。
あの暑い夏の海で漁船のデッキで風に吹かれる長身で白髪頭の元提督の後ろ姿が瞼に浮かぶ。
河田さん、あなたから見て、今の日本はどうですか?
ま、そんなすぐには変わらないでしょうけど。。。
後は我々に任せて安らかに眠ってください。
ゆっくり目を開いた古川は、南の海の水平線をじっと見つめると河田の大好きだったウィスキーを一気に飲み干した。
-fin-
【参考文献】
『われわれ日本人が尖閣を守る 保存版』監修 加瀬英明(高木書房)
『海上保安庁 その装備と実力に驚く本』社会情報リサーチ班[編](河出書房新社)
『軍艦の秘密』齋木伸生(PHP研究所)
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹