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尖閣~防人の末裔たち

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 彼らは後継機として選定されたS76Dの導入を運用面で手伝った。S76Dは、陸上基地用としてベル212の後継として調達され始めたS76Cにメインローターの自動折りたたみ機構を追加したタイプだったが、ベル212から直接移行するには両者の性能・特性差は大きすぎた。かといって、巡視船の搭載機としての経験のないS76CのクルーにS76Dを与えて巡視船に乗り組ませるのも乱暴な話である。このため浜田達は、まず、S76Cで飛行訓練を行ってからS76Dの運用マニュアルの整備、母船での取り扱いなどの環境整備を行うこととしたのだった。
 S76D初号機の納入式には、リハビリを終えた昇護の慣熟訓練も完了し、久々にクルーが揃うこととなった。
 そこから各種試験飛行及び訓練を終えた彼らは、再び巡視船「ざおう」配属となり「うみばと2」と機種に書き込まれたS76D初号機と共に久々に母船の飛行甲板に降りたった。
 
「こいつなんか、酔っぱらうと奥さんの写真にキスしまくりだったんだよな~。直樹さんっ」
 土屋が、浜田の名前を甘ったるい声音で呼ぶ。
「わっ言うな。よせっ、そんな昔の話。昇護ユーハブコントロール」
 動揺した浜田は、機体の操縦を昇護に任せるという意味の掛け声発した。
 「火消し」に忙しくなると判断してのことだろう。
「あっ、はい。アイハブ。」
 あわてて答えた昇護は、計器を一通り目にして機体の状況を把握したうえで返事の合図を返し、操縦桿(サイクリックレバー)とスロットル(コレクチブレバー)を握った。ユーハブ、アイハブという合図は、気付いたら誰も操縦していなかった。という過去の事故を起こさぬように世界中で習慣化された合図だった。
「あれ、だって、写真が変色して何度写真を変えたんだっけか?」
 磯原が畳み掛けて再び大爆笑が起こる。
「えっ、マジですか?俺なんか全然じゃないですか。」
 昇護が笑う。
「なにっ、おま、お前まで言うかっ。誰だっけ?プロポーズの答え貰えなくてイライラしてたのは?」
 過去を知るキャビンの2人には反撃する術を持たないと知った浜田の矛先が昇護に向かうのは自然の流れかもしれないが、、、
「そーだよな。八つ当たりしてみたり、しょげてみたりしてさ。若いね~。この。」
 そこは勝手知ったる仲、浜田の策略にすっかり昇護はハマってしまった。後ろの2人は人をネタにするのが好きなだけだ。
「昇護、操縦どころじゃなくなってきたな、代わろるか?」
 浜田はニヤケる。
「そんな昇護をビシっと一喝した先輩が、実は写真にね~。」
「チュッチュッ、だもんな~。」
「そうそう、貴子ちゃ~ん。とか言っちゃってさ。」
 金華山沖での訓練の帰路、緊張から解放されたキャビンは、ある意味笑い上戸だ。もちろん、どこで海難事故があるか分からないから監視の目は怠らない。
「いえ、私が操縦します。機長殿。貴子さんの写真でも見ててください。」
 畏(かしこ)まった昇護の口調に、浜田の顔は一気に赤くなる。
「バカやろう。飛行中だ。んなことするか。」
 先輩らしく一喝したつもりが、機内にはもう一度爆発的な笑いが起きた。
「ま、いずれにしても結婚は出来たし、また飛べるようになったし。めでたしめでたし、じゃないか?」
 話をまとめるように、土屋がしみじみと言った。
「そうだな。いろいろあったけど結果オーライだ。」
 磯原の明るい声が後ろから聞こえる。
「お前の親父さんが、あの海にいたから助かったんだ。あの連携は素晴らしかった。」
 浜田が、感動冷めやらぬように言う。尖閣諸島沖で銃撃を受けて重体となった昇護を、当時護衛艦「いそゆき」の艦長だった父、健夫が海上保安庁と連携して那覇まで運んだ話は有名だった。途中、護衛艦「いそゆき」で応急手当した昇護を運ぶう海上自衛隊の救難飛行艇US-2が中国軍戦闘機に撃墜されそうになった。というのは、非公式の話だったが、もちろん、その戦闘機が鈍重な海上自衛隊の哨戒機、P-3Cに落とされそうになったということは中国側も恥ずかしくて抗議できない。
「親父さん、退官したんだよな。」
 土屋が尋ねる。
「はい。去年退官して、今では茨城の地元で仕事してます。休みの度に孫の顔を見に仙台まで来てますよ。」
 根っからの護衛艦乗りだった昇護の父は、家を空けることが多かった。そのことを償(つぐな)うかのように退官後はなるべく家族と顔を合わせるようにしているらしい。実家の隣町に住む妹のところへもよく出かけるらしい。その一方でヘリパイロットとはいえ、巡視船搭載機のパイロットをしている昇護は、現役時代の父と同じく家を空けがちなのは運命の皮肉かもしれない。陸上基地のヘリパイロットという選択肢はあるが、そのことについて父は何も言わないし、妻の美由紀も文句は言わなかった。リハビリが済んでから結婚し、デスクワークの傍ら体力作りを行い、慣熟飛行訓練を終えるまでの半年あまりの新婚生活を仙台の官舎で過ごした。
 昇護は、巡視船搭載機での勤務を希望していることをなかなか言い出せずにいた。父のように頻繁に、しかも長く家を空けることになることも気掛かりだったが、何よりも昇護は一度撃たれて何とか一命を取り留めた身だ。その昇護が復帰するなりまた同じ勤務を希望していることは、妻から見れば、その行動は自分勝手であり、その原動力である使命感は、独りよがりとして映るに違いないと昇護は知っていた。
 昇護がやっと美由紀に告げたのは慣熟飛行訓練が終わりに近づいたある夜のことだった。
「心構えは出来てます。お義母さんに教えてもらいました。心配なさらず思いっきりやってください。」
 いつになく丁寧な物言いは嫌味ではないことを微笑む美由紀の頬に滝のように流れ出した涙が証明していた。そして、そこには昇護に負けず劣らない覚悟があることも、それを感じた昇護の目にも涙が溢れてきた。たまらなく美由紀が愛おしくなり。強く美由紀を抱きしめた。美由紀は嗚咽を押さえきれず声をあげて泣き出した。
「ごめん、、、泣いちゃダメってよって、お義母さん、言ってたのに」
 途切れ途切れに呟く美由紀の頭を昇護は優しく撫でる。
「いいんだ。ありがとう。寂しい思いもさせるし、心配も掛けると思う。苦労だって掛けるだろう。だけど、俺はいつでも美由紀のことを思ってるし。。。何があっても絶対に生きることを諦めない。。。」
 昇護は自分に言い聞かせるように美由紀に約束した。
 美由紀は、子供が出来るまでの間、非常勤講師として教鞭を握り、息子が生まれた後は、子育てに専念していたが、来年息子が3歳になったら再び非常勤講師をすることにしている。男女雇用機会均等法が施行されるはるか昔から男女が働くのが一般的だった教員の世界では、産休産後の女性教員への制度は定着しており、代打を務める非常勤講師の制度もしっかりしていた。
 小学校の先生が夢だった美由紀は、昇護の夢に寄り添いながらやっと手にした自分の夢も続けることができた。それを何よりも喜んでいたのは昇護だった。そして、昇護の両親の理解もある。

「そう、俺は絶対に死なない。。。」
 あの夜の美由紀の涙を脳裏に浮かべた昇護が呟いた。
「ん何か言ったか?」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹