小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

尖閣~防人の末裔たち

INDEX|21ページ/214ページ|

次のページ前のページ
 

5.鷹の目


河田の腕時計の針は、6時5分前を差していた。タブレット端末のレーダー画面で、那覇を飛び立った2機のP-3Cが田原の船団ではなく、確実に魚釣島即ち河田の船団へのコースを辿っていることを確認し、そして「しまかぜ」を中心とした3つの輝点が石垣島へ向けて動き出したのを確認すると、田原の方は無事終わったようだな。安堵の息を漏らした。こちらの船団との関連性に気付かれるとマズいから無線でのやりとりを禁止したがなかなか歯痒いものがあるな。ただ、こちらから一方的に送信しているレーダー情報を向こうで受信してもらう方法は良かったようだな、と、河田は今回の行動を省みて早くも今後のやり方を頭の片隅で考え始めていた。
そして、古川がトイレに行った隙を見計らって、ヘッドセットのマイクを口元に寄せ
「こちら「やはぎ」の河田だ。「ゆきかぜ」の広田君聞こえるか?」
と吹き込んだ。
「はい。こちら広田です。」
「ゆきかぜ」に乗りこんでいる広田が答えた。船室にいる広田の声は周囲から風切り音などの雑音が入らないので、明瞭に聞こえてくる。
「例の「鷹の目」の調子はどうだ?」
河田が尋ねた。
広田は正面に置かれた頑丈さで有名なpanasonic製ノートPCタフノートとそれに接続されたみかん箱の高さを半分にしたような大きさの機器に視線を落とし、そこから外部のアンテナに接続されているケーブルまで目で追ってから、
「はい、今のところ良好です。但しバッテリーは2時間程で空になってしまいました。今は外部電源で稼働させてます。やはり外部電源は必須ですね。」
 「鷹の目」と呼ばれた箱形の機器は、自衛隊などの部隊エンブレムのシールを所狭しと貼られたアルミケースを台代わりにしてその上に置かれていた。アルミケースは、このシステムとノートPCを運搬する為に使用していた。誰が見ても飛行機マニアのカメラケースにしか見えない。
「そうか、まあ、船の上での運用がメインだから、まあ何とかなるだろう。データの送受信は問題ないか?」
河田は、地上で「鷹の目」を使う日が来る前に広田と対応を考える必要があるなと感じた。
「問題ありません。」
広田は、自信満々に答えた。
「よし、ご苦労さん。こちらのタブレットも問題ない。警戒を続けてくれ。」
あの使用法ができるかどうか検討しないとな。陸に上がったら検討会を開こう。とりあえず今回は試運転のようなものだから上出来だな。河田は独り頷いた。

そもそも「鷹の目」は、防衛省がまだ省に昇格するまえの防衛庁だった頃から、陸海空3自衛隊の統合的作戦運用を円滑にするため、各自衛隊の所有してきた情報・作戦に用いるシステムを1つに統合してより有効に運用しようという構想の下、防衛技研を中心に進められてきた研究開発に端を発する。この中のひとつに、陸上部隊など移動を繰り返す指揮所、基地などの通常の指揮所が破壊された場合の臨時指揮所、損傷により指揮機能を喪失した護衛艦などでもシステムを運用できるように、人間が持ち運べる大きさの携帯型システム端末の開発があった。その当時は、電子部品の大きさと処理速度の遅さ、データ通信速度の遅さ、記憶媒体の容量の小ささとデータ読込、書込みの遅さ、バッテリー駆動時間が短すぎるなど様々な問題があり、ハードウェアとしては大きさ的にも、能力的にも求められた仕様を満足できる結果とはならなかった。だが、動作することまでは確認できたため、この方式の実現の可能性を実証することは出来た。
あれから15年。。。電子機器や通信の分野は目まぐるしい進歩を遂げ、現在の技術を持ってすればそれを実現できると考えたのが広田だった。広田は既に退官して河田の水産会社に入社していたが、防衛技研時代に実験用に試作したこのシステムを「故障品・廃棄」として処理した上で設計関連資料と共に密かに持ち帰っていたのだった。そしてそれを元に、現在の技術・部品を用いて念願の携帯型指揮装置を作り上げたのだった。もちろん製作は広田独りの力によるものではなく、自衛官時代にレーダーの整備担当やシステムに精通していたその道のプロ達が携わった。河田は表向きは自衛隊退官者の雇用確保に協力していると謳っているが、内実は、自衛官の持つ様々な特殊技能を重視していた。そして何よりも、現体制下における自衛隊での国防に限界と失望を痛感していた者達を重点的に採用していたのだった。こうして河田の元に集まった元自衛官は、定年退官者や、中途退官者、海上自衛隊だけでなく、少数ながら陸上自衛隊や航空自衛隊の元隊員までおり、河田の同志的存在であった。ゆえに特殊技能に加え強い結束力がこの組織のレベルの高さを否応なしに引き上げていた。
こうした中で人材に恵まれた中で完成したこのシステムは、その情報力の正確さと有効性から河田の周囲では「鷹の目」と言われ期待されていた。この「鷹の目」は電波の到達範囲内に存在する自衛隊のシステムに入り込み、データの送受信を行うため、大出力な無線設備を必要としない。この海域では、付近を航行している海上自衛隊護衛艦「いそゆき」の重要施設区域にあるCIC(戦闘指揮所)のシステムに接続してレーダーの情報を取り出していた。   
これにより、自衛隊と同等の情報データを持つことができるというこれ以上ない正確さを実現していたのだった。そしてこの「鷹の目」が得たデータを独自のルールでデジタル化した無線電波に乗せて河田や田原のタブレット端末に情報を提供していたのだった。このように現代の技術をもって復活を果たした「鷹の目」システムであったがイージス艦のシステムに接続することが不可能だという意外な弱点があった。それは防衛技研から持ち出した際に研究対象としてイージスシステムを含んでいなかったことに起因していた。
「「逆もまた真なり」だな。これは出来るかも知れんな。」
と河田は独り呟いた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹