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尖閣~防人の末裔たち

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6.南海の太陽


「ティーダ3より「いそゆき」、おはようございます。貴艦の東方50海里(約91km)、高度500フィート(約150m)。あと約20分で貴艦上空到達予定。」
命令変更後、操縦を副操縦士の高橋3尉に任せて編隊の指揮と通信に専念していた機長の長谷川1尉が「いそゆき」との通信を開始した。
 アメリカのロッキード社が開発した旅客機を元に開発されたP-3Cは、戦闘機のように急に高度を下げることはできないので、徐々に高度を下げなければならない。離陸後高度3,000フィート(約1,000m)を全速力で飛んできた2機のP-3Cは徐々に高度を下げて来た。高度を下げたことによる空気抵抗の増大で速度を150ノット(時速約250km)に抑えていた。
「いそゆき」では既に航空隊との通信回線を通信室から艦橋に回し直接艦長の倉田が指揮をとる体制を整えていた。
倉田はマイクを取ると。
「了解、ティーダ3。こちら「いそゆき」艦長。早朝から御苦労様です。状況。5隻の漁船と思われる船団が魚釣島へ向かっている。当該海域では海保巡視船3隻が警戒中であるが、当該船団は通話にデジタル通信を使用していることが判明。また、通話以外にデータ通信を使用している模様。通常の通信にあらず、その意図不明。当該巡視船隊及び当艦隊の見解、最悪の場合上陸の恐れあり。なお、中国海監艦隊が当該海域で警戒中。位置及び速力はCICとのデータリンクで確認されたし。」
倉田は一気にマイクに吹き込んだ。
 長谷川は、無線交信を機内共通の回線に割り当てていたので、この倉田の声に全員が耳を傾けていた。即座に機内のTACCO(タコ)と呼ばれる戦術航法士から
「CIC確認」
という緊張した声が長谷川の耳に飛び込んできた。
「ティーダ6。こちらティーダ3、そちらも確認しているか?」
「こちらティーダ6。確認した。」
 若い声が答える。あいつめ、副操縦士に無線をやらせてるな。こういう時こそ肝試しに副操縦士に操縦させればいいのに。後でひとこと言っておくか、とティーダ6の機長に対して思いながら
「「いそゆき」こちらティーダ3。当編隊は状況を確認した。いつもこの時間からパトロールしてます。今日はこちらに先に回っただけなので、気にしないで下さい。」
と長谷川は明朗に言った。
「了解。ありがとう。では作戦を伝える。当該船団を上空から監視。海監が接近してきた場合は、示威飛行をサービスしてやてくれ、その合間に尖閣諸島魚釣島の領海内を旋回して、漁船団の上陸意図を思い留まらせると共に、海監船隊の領海侵入を防止する。」
 倉田は作戦の前半はおどけた調子で、そして後半は、断固とした口調で作戦を伝えてきた。
 サービスか、度派手にやってやりますよ。と長谷川は口元にわずかな笑みをたたえた。
「了解。ティーダ3。作戦を復唱。
当該船団上空監視。海監接近時示威飛行を大盛りサービス。合間で尖閣諸島魚釣島の領海内を旋回。漁船団の上陸と海監船隊の領海侵入を防止。以上」
 長谷川も後半に力を入れた。すっかり倉田のおどけた調子に呑まれたらしい。
 一方、倉田は大盛りサービス?やはり航空隊はノリが良くていいな。と苦笑しながら話を続けた。
「ティーダ3。復唱よろし。で、相談なんだが、当艦隊の上空で作戦のデモをして欲しい。と言っても数回旋回や、ローパスをしてくれるだけでいい。下からもどんなものか様子を確認し、最終的な高度を決めたい。
そしてもう1つ。作戦空域で飛行する場合は、フェザリングではなく全エンジン稼動で飛行して貰えないだろうか、その方が迫力というか、威圧感があって効果が大きいと考えるが、燃料に余裕はあるか?」
 ローパス?フェザリング?やけに詳しいな。と長谷川は思った。ローパスは低空飛行で通過すること。フェザリングは、エンジンを停止した際にプロペラの羽根の角度を最大にして進行方向の面に垂直にすることでプロペラに当たる空気抵抗を最小にすることである。これによりエンジンを止めてもプロペラが風圧で回転することもない。よってこのP-3Cなど長時間哨戒(パトロール)飛行をする航空機は、任務中はスピードを出す必要がないことと、燃料消費を抑え長距離哨戒飛行が出来るようにということで4発のエンジンのうち2発は稼動させ、その他は停止・フェザリング処置をすることが多い。なおこの方法は一般にはエンジンが故障して停止させた場合に使用されている。
 長谷川は、燃料計を確認しながら感心したような嬉しいような声で
「お詳しいですね。ローパスの件、了解しました。フェザリング中止。燃料は十分あります。」
 倉田は、照れ笑いなのかうっすら笑みを浮かべて
「いやいや、子供の頃から飛行機が好きだったんだよ。それだけだ。」
と答えた。
「そうなんですか、ウチの司令と気が合いそうですね。司令はマニアですよ。」
あ、口が滑ってしまった。と長谷川が思った時にはもう遅かった。
「ああ、知ってるよ。宇田君だろ?倉田がよろしく言ってたと伝えておいてくれ。」
と、何事もなかったかのように倉田は返した。
「あ、はい。分かりました。貴艦隊まであと10分です。」
長谷川はあたふたしたのを部下に勘付かれないように気をつけて返事をしている積りだった。こういったことに部下は敏感だ。
「了解、ではよろしく頼む。」
「了解、ローパスの後3回旋回する。」
 5分後低い轟音と共に視界にP-3C哨戒機2機が見えてきた。
 2機は見る見るうちに近付いてきた。そして低空で真っ直ぐ「いそゆき」に1機、「はるゆき」に1機が迫ってくる。
「ティーダ6こちらティーダ3。ローパス後、右エシュロン隊形を組み艦隊を中心に左回りに3回旋回する。」
「ティーダ6了解。」

 倉田は艦橋の脇に出て後方から接近してくる2機のP-3Cを見つめていた。思っていたより低いな。そしてそのうちの1機は真っ直ぐこちらに向かってきた。まるで突っ込まれるかのような正確さだった。直上を轟音と共に駆け巡っていった。艦橋構造物がその轟音に共振してビリビリ音を立てた。艦首方向に振り返った倉田に背中を向けて、真っ直ぐに通り過ぎたP-3Cには右斜め後方に同じように「はるゆき」上空を通過したP-3Cが追いつくと大きく左旋回を始めた。速度は遅いが、ターボプロップ特有の重低音に甲高い金属音が混じった独特のサウンドはひと際大きい。きっとプロペラの羽根の角度であるプロペラピッチを浅くし、空気を掻く量を減らした分エンジンの出力を上げて轟音を搾り出しているのであろう。と倉田は思った。こちらの意図を完璧に理解した粋な取り計らいに倉田は喜びを隠せない。飛行機好きの血も騒いだ。
「OK、ティーダ3。完璧だ。迫力満点だ。この高度とあのエンジン回転数で頼む。」
 倉田は、褒めちぎった。副長は頭を抱えてまだ伏せていた。
「ティーダ3了解。お気に召していただけて光栄です。では、旋回の後作戦海域へ向かいます。」
 長谷川は照れ隠しに答えた。
 3回目の旋回を終えると再び2機は分散し、1機は「いそゆき」に、もう1機は「はるゆき」に向かってきた。今度は機体を左右に傾けることを数回繰り返して飛行機特有の挨拶である「バンクを振る。」動作をしながら通過していった。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹