尖閣~防人の末裔たち
の平文電信を最後に通信が途絶えた。「松」の乗組員は、座乗していた第二護衛船団司令部と共に全員が戦死した。その中に河田の父も含まれていた。
お父さん。。。父が運命を共にした駆逐艦の名前を敢えて使った「まつ」の舵輪を河田が愛でるように撫でた。写真でしか見たことがない父は、凛とした表情でモノクロの写真に納まっていた。学生服を真っ白にしたような軍服の白が、モノクロの古い写真でも眩しく感じた。その写真を見て育ち、誇りに思ってきた河田は、物心ついたときからその時代の歴史に興味を持ち、自分も同じ道を歩もうと決心していた。 お父さん。。。守ってください。。。
河田は撫でていた舵輪を強く握り直し、もう1本のスロットルレバーも全開にした。後ろに引っ張られるような加速が河田の身体に掛り、慣性が平衡を保つまでの数秒、舵輪から河田を引きはがそうとした。 これ以上近付いてくるなよー。。。
後ろを振り返った河田が、大声で叫ぶ。
巡視船を背にしているためか、中国艦隊がなにやらスピーカーで喚いているのは聞こえてくるが砲弾は飛んでこない。だが、これ以上近付けば巡視船と言えども何をされるか分からない。
河田が睨む先には、中国海軍虎の子にして初の空母「遼寧」がいた。再び後ろを振り返った河田の視界の中の巡視船は、さきほどよりも随分小さく見え、さらに少しずつ小さくなっていく。
こんな海岸線まで空母を持って来やがって。。。お前らは空母の使い方も知らんのか。。。だから駄目なんだ。装備ばかり良くなっても、結局それを活かせるかどうかは人間の技次第だ。それを身を持って学ぶんだな。そして日本人の心意気もな。。。お前らとは生き方そのものが違う防人の末裔の心意気をな。。。日本を侵略しようとすればどうなるかを身を持って知るがいい。
空母「遼寧」が灰色の壁のように目の前に迫り、いつの間にか「まつ」の真っ白だった船体に黒い穴がゴマを撒いたように広がる。中国の春節の爆竹のような音と共にSTOP、STOPという言葉も河田の耳に届いて来る。
「日本よ。日本人よ。自信と誇りを持って未来へ繋げっ。先祖の魂と苦労を無駄にするなっ、防人のっ」
白地の船体に小さな黒い粒が無数に増え、そして鮮烈な赤が加わった時、河田の言葉が途切れた。永遠に。。。
「面舵いっぱい。急げっ」
中国海軍空母の艦首付近の海面に大きな火の玉を見た兼子が怒鳴った。今、目の前で起こったことが信じられないといった一瞬の沈黙を破った兼子の声に、船橋内が活気を取り戻す。
急激な方向転換を終えて、中国艦隊に側面を見せる格好になった巡視船「はてるま」は速度を落とした。中国艦隊は既に停船している。空母の艦首に発生した火災は収まる気配がない。
何てこった。。。神風の再来とでも言いたいのか。。。確かに我々は、中国艦隊を止める事は出来なかっただろう。。。だからといって身を呈してまで。。。
空母の炎に敬礼をした兼子は、瞼に涙が溢れそうなのを感じた。部下に見られまいと慌てて敬礼を解き、周囲を見ると、皆が敬礼をしていた。
中国海軍は、まだ消火活動を行っていない。
「中国艦隊へ旗りゅう信号。我、貴艦を消火する用意あり。以上」
「船長、「ざおう」へ判断を仰がないんですか」
副長の岡野が不安そうな目を向ける。
「緊急事態だ。事後で構わん。それに、漁船と戯れている間は何もできんだろう。」
巡視船「はてるま」は、武装として30mm機関砲と共に、暴徒鎮圧にも効果の高い遠隔操作式の放水銃を船首に装備していた。
空港のロビーにどよめきが起きた。中国の空母に小さな漁船がものすごいスピードで体当たりしたのだった。その様子を映した映像が途切れると、パソコンのウィンドウズのような画面になり、さらに慌てたニュースキャスターを映した画面に切り替わる。
「尖閣諸島沖の状況を動画サイトから実況でお伝えしました。御覧になられた通り、何か、詳細は不明ですが、何らかの重大な事態が発生した模様です。首相官邸の吉田さんに現在の政府の対応を聞いてみます。吉田さん。」
画面は、夕刻の首相官邸入口に立つ女性を映す。慌てて駆け付けたのか、眉のラインが甘い。
ロビーは喧騒に包まれた。ある者は、涙を流し茫然と画面を見続け、ある者は戦争になるぞ。と怯えていた。自衛隊は何をやってるんだ。といきり立つ人もいる。
「ああやって、昔の人は必死で国を、、、家族の未来を信じて命がけで守ってきたのかもしれないな。。。」
隣に座っていた若者が、画面を見たままぽつりと呟いた。
さっきまでこの国の未来を案じて熱く語っていた初老の男性が中国の空母に体当たりした。この国の未来を案じて私達に国を守ることの大切さを問うていた。平和だと言っているだけでは平和ではいられないことを訴えながら散って行った。。。
昇護だったら何と言うだろう。あの海を守っている人達と同じ海上保安官の昇護は、どう思っているのだろう。。。彼は、私の、私達のために命を掛けてくれているに違いない。でも、今のままじゃ、無駄死にしちゃう。だって巡視船で軍艦に向かって行くなんて。。。どんなに危険でも撃たれるまで撃ち返せないなんて。。。それなのに一生懸命守ってくれている。。。
美由紀の頬を一筋の涙が流れた。
戦争になるかもしれない。。。でも、昇護と同じ沖縄に来てて良かった。もしもの時、一緒にいられる。。。怖くはない。。。何も心配はいらない。。。
美由紀はじっと目を閉じた。押し出されて涙の筋が増えるのを頬で感じた。。。
病院へ戻ろう。。。
目を開いた美由紀は立ち上がり、歩きだした。昇護のもとへ。。。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹