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尖閣~防人の末裔たち

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「とんだ年寄りの冷や水と思っているかもしれんが、ひとつ頼みを聞いては貰えないか。」
 相手の答えを深く頷きなく程に神妙な面持ちは懐かしそうに微笑みに変わって行った。
「すまんが、もう時間がない。すぐにアメリカ海兵隊のマーク・アレン中将に電話をしてくれ。先方に手は打ってある。中国を止めるにはそれしかない。ただ、それをやるのは君たちだ。すまん。」
 はっと我に返ると、河田は話を切って切り出した。
「ありがとう。すまん。後は任せたぞ。」
 静かにそう言い終えると河田は電話を切った。そして再び画面に番号を呼び出す。今度は深い溜息をついた。一転して苦虫を噛んだように口元を歪めた顔を上げ、電話機を耳に当てた。
「古川さん。河田です。この度は本当に申し訳ないことをした。あなたの奥さんだった人まで巻き込んでしまった。言い訳はしない。ただただ申し訳ないばかりです。
 私のスピーチは見てもらえましたか。。。そうですか。それを国民に言うために私はあなた達を巻き込んでしまいました。。。汚い手も使ってしまった。
 本当に申し訳ない。」
 深く頭を下げた河田の目に涙が滲む。
「そうですか。ありがとうございます。あなたに私の日本への想いが伝わったのは私にとって大きな成果です。本当は、もっと腹を割ってあなたと話しておきたかった。。。ぜひ、伝えて下さい。あなたのペンの力で。私はあのスピーチでは言いませんでしたが、真に平和国家を目指すのであれば防衛について他国に依存してはいけません。本来同盟関係というのはギブアンドテイクです。このままではいずれ米軍の一員として戦争に巻き込まれるでしょう。ですから理想としては日米安保も米軍基地も無くさなければなりません。ただし、御存知の通り、その為にはスウェーデンのように軍事的にも中立でかつ、他国に頼らない強力な防衛力が必要です。四方を海に囲まれた島国日本は、適しています。国民が強い意志で平和は守るものだと、理解できれば必ず出来る。しかし、そのためにはまだまだ長い時間が必要です。
 ですから、今回は米軍に頼ります。今なら、まだ中国はアメリカを軽んじることはないでしょう。そこで、今一度あなたのペンの力をお借りしたい。米軍を頼りにしたこれか起こる行動について、すぐに国民の世論を発表してほしい。政府がすぐに決断できるように。そして米軍が絡んでいることが早く中国に伝わるように公表してほしいのです。」
 2度、3度と満足そうに頷いた河田は、丁寧に礼を言った。
「あなたのペンの力で、未来に日本を繋げていってください。真の独立国家として。国民が正々堂々と国を愛せるように。誇れるように。。。よろしく頼みましたよ。」
 深く頭を下げた河田は、電話を仕舞った。
 舵輪を握った河田は、一気にエンジンの出力を上げた。低い唸りが高まり、小さな煙突から黒煙が勢いよく噴き出す。「まつ」と船首に船名が書かれた白い漁船が疾走を始めた。巡視船の警告が遠ざかる。
 
「「はてるま」船長。こちら「ざおう」船長の近藤です。応答どうぞ」
 甲高い声がレシーバーに響く。
「こちら「はてるま」。船長の兼子です。」
 また命令変更か?兼子の苛立ちは、沸点に達しようとしていた。魚釣島へ向けて急遽出港させられ、途中で命令が変更となり、ヘリで来る武装した特警隊(特別警備隊部隊)を収容して魚釣島へ上陸させろ、と命令が来た。そして島を目の前にして上陸を中止し、中国艦隊へ向かえと命令が変更されたばかりだった。理由も告げられていない。駆けつけてみたら、「ざおう」を始めとした巡視船3隻全てが漁船に囲まれて、身動きがとれない状況だった。しかも、目の前には中国海軍の艦隊、しかも空母付き。情報が欲しいのに、理由も情報もなく命令を次々と変更され内心穏やかではなかった。部下の状況質問に答えられない上官ほど情けないことはない。
 ん?
 正面に、ぱっと上がった黒煙が目についた。双眼鏡を構えると小さな漁船だと分かった。あんなところにたった一隻で。。。
「「はてるま」船長へ。こちらは漁船団の妨害で身動きができない。貴船正面で前進を開始した漁船の行動を阻止されたし。以上。」
 無茶だ。
 兼子は思わず出た言葉に口をつぐむ
 30ノット以上の速度性能を誇る「はてるま」クラスの巡視船の筆頭である本船は、速度的には問題なく奴に追いつける筈だ。しかし、、、
 追いつく頃には中国艦隊に接近し過ぎてしまう。
「「ざおう」船長、こちら「はてるま」船長。命令は了解した。しかし、中国艦隊に接近し過ぎてしまう。」
「かまわん。ここは、日本の領海だ。」
 甲高い喚き声が兼子の頭にガンガン響く。
 どうせ従ってはくれんだろう。。。
 あの日、やっとの思いで兼子の警告に応じた河田がテレビのインタビューに答えていた言葉が脳裏に浮かぶ。
 領土より国民の命を大事にする海保に、領海の警備を任せられない。
 当時、テレビにそう言われているように兼子は感じていた。悔しさが再び蘇る。
 だがな。。。
「こちら「はてるま」了解。」
 今度は、あんた等だけの命じゃ済まないんだよ。。。
「機関、両舷全速。舵そのまま。体当たりしてでも止めるぞ。全員ライフジャケット着用。衝撃に備えろっ。」
 兼子の凛とした声が船橋に響く。
 機関の唸りに一足遅れて後ろに引かれるような軽い加速感が伝わってきた。
 河田元提督よ。。。こんな状況で、、、あんたらの後輩達が出てこられないが故の領海を守る事の難しさを、、、俺達の心意気を見せてやる。。。
 兼子は双眼鏡の中心に捉えた男の背中に呟いた。

 ありがたい。
 河田は大声で叫んだ。他に誰も乗っていない漁船「まつ」の上で、河田は、誰にも気遣うことなく思った事を全て口にしていた。
「まつ」か。。。その勇壮で悲壮な最期にぴったりの名前だな。
 名付けの元となっている旧日本海軍の駆逐艦「松」クラスは、太平洋戦争で日本の劣勢が明確となった昭和18年(1943年)に起工された最後の量産駆逐艦であり、艦艇の不足から、性能よりも量産性を優先された小型の駆逐艦であった。その中でも1番艦「松」は、戦争末期に同型艦が味わった悲惨さに負けず劣らず悲惨で、そして勇猛だった。
 駆逐艦「松」は、第二護衛船団司令部の旗艦として、駆逐艦「旗風」、第4号海防艦、第12号海防艦、第51号駆潜艇と共に、硫黄島の戦いに備え、硫黄島の戦力を増強するため、後に硫黄島で敢闘し全滅する栗林忠道中将の第109師団歩兵第145連隊主力を乗せた輸送船5隻を護衛して館山を出港。無事硫黄島へ送り届けた。その帰路で米軍の艦載機の攻撃を受け、船団は、駆逐艦「松」と第4号海防艦と輸送船「利根川丸」を残すのみとなった。夕刻、第4号海防艦が軽巡洋艦3隻および駆逐艦12隻からなる米艦隊を発見し、砲戦しながら退却を試みたが、退却は困難と判断した「松」座上の司令官 高橋少将は、第4号海防艦と「利根川丸」を逃がす為、
「四号海防艦は利根川丸を護衛し戦場を離脱せよ」
と命令した上で反転し、単艦で圧倒的に優位な米艦隊に立ち向かっていったのだった。
「我敵巡洋艦と交戦中、ただいまより反転これに突撃…」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹