尖閣~防人の末裔たち
それに対して今はどうでしょうか?ソビエト連邦の崩壊を機に冷戦体制が崩壊したことは、世界の平和にとって大きな前進だと私も思います。しかし、安全保障の環境が大幅に変わったこと、いわゆる世界秩序の急激な変化により、2大国とその傘下の国々で世界を2分した対立が一気に崩壊し、地域の利害関係による対立に徐々にシフトしていきました。
冷戦後の日本の平和の危うさは、尖閣を巡るこの状況で露呈したのではないでしょうか?中国は市場開放をすることで、安価な労働力は、アメリカ、日本を始め各国の企業の進出を促し、結果としてもたらされた経済成長は同時に巨大な市場として世界の注目を集めました。今やアメリカや日本は、経済的に中国と切っても切れない関係になっています。それは、アメリカが中国に対して干渉しずらくなってきたという変化をもたらしました。そして、中国は経済成長の恩恵を軍事力強化にも注ぎ込み、軍事費はウナギ登りです。そして、遂に海洋戦略を掲げて海軍力を整備し始めました。先ほど述べた通り、アメリカは干渉できません。これもまた冷戦後の変化です。
そして、それらの変化の結果として今の尖閣諸島の状況があるのだと私は断言します。このように周辺環境が変化してきたのにもかかわらず、我が国の防衛は変化していない。装備や組織は変化してきましたが根本的に変化出来ていない事があります。変化どころか、明確で無いものがあります。それは、国を守る為の行動の規定、いわゆる交戦規定です。相手国が日本に侵略的な行動を取ってきたとしても正当防衛的な行動しかできない。つまり撃たれなければ撃ち返せない。現代戦は、喧嘩の殴り合いや拳銃での撃ち合いとは次元が異なります。撃たれれば必ず当たる。当たれば完全に破壊される。撃たれたら終わりなのです。それでどうやって国を守れるのでしょうか。他国もその現状を十分に承知しています。ですからこのような問題が発生するのです。どうせ日本は何もできない。そう思われているのです。これで国を、平和国家日本を守れるのでしょうか。
海洋資源を金品に置き換えると、どうでしょう。金品欲しさに家に上がり込んで来る強盗に対して「私は平和主義だから何もしません。」と言えば諦めて出て行ってくれるのでしょうか?強盗の身の安全を保証しているのと同じではありませんか?では、仮に警察官が家にいればどうでしょうか?或いは、家に屈強な人間が住んでいたら?武器を持っていていつでも撃てるようになっていたらどうでしょうか?
平和は、相手からの侵略がないことで保たれるものです。相手がいる以上、「私は平和主義だ」と言っているだけではどんな平和を保てないのです。冷戦後の国際環境は、経済・外交が複雑に絡み、そして変化し続けています。
領土的野心を持った国家が存在する以上、自国の平和を守るための装備を持ち、それを有効に活用できることを示さなければなりません。つまり、抑止力です。
強盗には「盗みに入ったらタダでは済まない。」ということをアピールすることで、その目的を挫かせることができるように。。。抑止力とはそういうものです。今の自衛隊のように、持っているだけではだめなんです。訓練を積んでレベルが高いだけではだめなんです。自国の平和を守るためにいつでも使える状態にある。ということを示さなければ意味がありません。
憲法9条は、私も大好きです。誇りに思います。しかし、憲法の前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とあるように、これが成り立つためには周辺国家が平和を重んじており、信頼できる状況であることが絶対条件なのです。現在の我が国の周辺国はどのような状況でしょうか?これが当てはまりますか?だからこそ抑止力で平和を守る必要があるのです。相手に領土的野心を諦めさせておいて、外交努力により周辺国に平和を重んじてもらうように訴える。そうやって平和を守り、平和を広めて行こうではありませんか。
防人の末裔たち。。。命がけで国を守ってきた人々の末裔たる日本国民のみなさん全てが平和を守るという当事者意識を持って、今こそ堂々と自信と誇りをもって国を守る事の大切さを議論していってください。戦争は誰も望んではいない筈です。領土的野心を持った他国につけ込まれずに野心を葬り去り、平和なアジアを、世界を築くためにまずは自ら考えて下さい。防人達から受け継いだこの国を未来永劫平和に残すために。。。
次第に言葉に熱を帯びていった初老の男-河田勇 元海上幕僚長-の声が再び静かに語りかけるように終息すると、彼は深々と頭を下げた。 事前に撮影したものであったらしく、すぐに画面が切り替わると海と魚釣島をバックに先程の河田が立っていた。先ほどの動画での表情とは少し違った何かを。。。穏やかな雰囲気が表情を包みこんでいるような顔をしている。
河田は一礼すると、画面が揺れ、回転して、再び水平になった。そこには、灰色の空母を中心とした中国艦隊が、そして、手前には白い海上保安庁の巡視船が映る。
「これが現在の尖閣諸島の状況です。中国海軍の空母を中心とした艦隊が領海に侵入し、間近に迫っています。対するのは海上保安庁の巡視船です。これが侵略に対する我が国の対応の限界なのです。」
河田の言葉に対応して周囲の画像が移動する。先ほどの画面の乱れといい、河田が映っていないことが河田本人が撮影しながら状況を説明していることが伝わって来る。
「この状態が平和だと言えますか?
私達の行動のせいでこうなった。と、仰る方は、一歩視点を引いて考えてみてください。ここは日本の領土ですよね。私達は、武装してここにいる。日本国の銃刀法違反です。そして、海上保安庁のヘリコプターを銃撃しました。公務執行妨害及び、重ければ殺人未遂。。。いずれにしても日本領で、日本人に対して起きた出来事です。日本の法が執行されるべきで、我々を逮捕することができるのは日本の警察機関だけです。なぜ、中国艦隊が私達を排除するためにこの島へ向かって来ているのか?そしてなぜ、我が国は何もできないのか。。。よく考えて下さい。これが我が国の実態なのです。そして、周辺国家つまり中国の我が国の防衛に対する認識なのです。このままで、果たして我が国は平和に存在しうるのでしょうか?」
一瞬だけ画面が消えて、今度は1隻の白い漁船を後ろから映した画像になる。その漁船の向かう先には、中国艦隊が見える。カメラが向きを変えると白い船体の船首に斜めの青い帯を入れた海上保安庁の巡視船が間近に見え、その向こう側には、漁船の舳先(へさき)が見え隠れする。更にカメラが反対側に向くと、100mほど離れた所にやはり漁船に囲まれた巡視船が見える。
さて、と、、、
ビデオカメラのスイッチを切った河田は、衛星携帯電話を取り出し、ディスプレーを見つめた。
「結局何も変わらなかったか。。。」
失意の溜息というよりは、何かをやりきった者のような清々しい表情で深く息を吸った。
「もしもし、山本君かね。河田です。この度は、君達に大変迷惑を掛けてしまった。申し訳ない。」
見えない電話の相手に深々と頭を下げる。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹