小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

尖閣~防人の末裔たち

INDEX|205ページ/214ページ|

次のページ前のページ
 

68.防人の末裔たちへ


「何あれ?ヤバイんじゃないか?」
「マジであんなとこに来てんの?中国の艦隊?」
 空港ロビーの最前列のソファーに腰掛けていた美由紀の前に壁のように置かれていた大型のプラズマテレビに人だかりが出来はじめている。
 ダイビングの帰りなのか、ラフな格好の男達のグループは、みな日焼けして茶髪の髪が潮で傷んでいるようにも見える。そのためか、若くも見えるし、30代近くにも見える。彼らが大声で話しつつも美由紀の視界を遮らないように彼女の目の前に立つ事だけはしないのは、その程度のマナーを当然のようにわきまえている大人に分類される人達なのだろう。明日にはきっとどこかで営業に立ち、あるいは、オフィスで働き、或いは、工場でモノづくりに汗を流すのかもしれない。もしかしたら、私の生徒のような年頃の子を持つ父親なのかもしれない。
 彼らの騒ぎでテレビ画面に目を移した美由紀は、その異様な光景に引きつけられ、耳のイヤホンを外した。
 どの角度から見ても色鮮やかに見える視野角の広さと、その精細な画像が自慢の日本製のプラズマテレビが、陽が落ち始めて青味を増した空と同じように暗い色になり始めたの海とそこに浮かぶ動きの無い灰色の物体、を映していた。その性能をフルに発揮する必要もない被写体は、高性能のテレビにしてみれば退屈な相手に違いないが、それを見る美由紀にはその異様さが分かった。水平線から少し手前にこちらを向いて並ぶのは、紛れもなく軍艦だ。それは、船に疎(うと)い美由紀でも分かる。しかもその中央に見えるバランスの悪そうな形の船、そうそうブリッジという建物のようなものが船の中心ではなく横の端に付いている大きな船。それは確か昇護が「空母」と言っていたやつだ。空母を日本が持っていないことくらい美由紀は知っている。というより、昇護が教えてくれた。彼は、時々船や飛行機のことを夢中になって話す。そんな時は、子供と話すように微笑ましく彼を見つめる美由紀だったが、知識として身についているのは、彼が美由紀にも分かりやすい説明をしてくれているからだと改めて知った。飛行機が飛んだり降りたりするのに邪魔になるからブリッジを端に付けている。確かそう言っていた。戦争中は日本も沢山持っていたが今は持っていない。ヘリを載せる似たような船は日本も作り始めたけど。。。そうも言っていた。でも日本のはヘリを載せるだけだし、外国に遠慮してるのかブリッジの建物が大きいんだ。四角くて幅の半分くらいはあるんだ。あれじゃとても空母には見えないや。。。そう言って笑う昇護の横顔が美由紀の記憶の中から浮かびあがる。
 そう、目の前の画面に映るバランスの悪い船はブリッジの建物が平らな甲板っていってたっけ、あの平らなとこの1/3くらいしかない。昇護に言わせれば多分「空母」に分類されるのだろう。
 その船が少しだけアップに映された。そして、-空母を中心とした中国艦隊が尖閣諸島 魚釣島の沖領海を侵犯中-という文字が画面に踊っていた。
「やっぱ、中国の空母じゃん。」
「自衛隊は何やってんだよ。」
 男達が口々に罵声を飛ばし始める。
「バッカだな~。お前、中国に自衛隊が手ぇ出す訳ね~だろうよ。」
「どういうことだよ。自衛隊が怖じ気付いてんのか?」
「違うよ。政府だよ政府。中国に頭が上がらんのさ。」
 リーダー格の男が訳知り顔で話す。よく見ると茶髪にはわずかに白髪が覗いていた。
「じゃ、黙って入らせとくんすか?」
「いんや、そ~でもないさ。海猿がいるだろ、海保がよ。」
「海猿?カイホ?」
「海保だよ、海上保安庁。お前海で遊んでるくせに、そんなことも知らなかったのか?」
 海保、という言葉に美由紀はドキッとした。
そんな彼らの会話に合わせるようにズームアウトした映像の手前側に白いスマートな船が映りはじめた。
「巡視船。。。」
 呟いた美由紀は顔面から血の気が引くのを感じた。寒気すら感じる美由紀は、隣の座席に置いておいたバックを胸元に抱き寄せた。那覇の自衛隊病院に入院している昇護を見舞うために昨夜東京のホテルに一泊して朝一番の飛行機で那覇に来ていた美由紀は、荷物と言っても、下着と化粧品程度の簡単な物だった。今夜遅くには茨城の自宅に着く。美由紀は小振りのボストンバックに温もりを求めるように力を入れて抱きしめていた。あの昇護と同じ海上保安庁の職員があの巡視船に乗っている。あの職員の奥さんは、家族は、どんな思いでこの映像を見ているのだろうか。。。自然と溢れた涙が美由紀の視界をにじませる。
「可哀想だよな、海保の人達は、中国を刺激したくない政治家達のせいで、あんな矢面に立たされてさ。巡視船って、機関砲しか付いてないんだぜ。何かあったらイチコロだよ。」
 へ~、そりゃ気の毒に。と言わんばかりの表情でリーダー格に頷いた若い男が、何か思いついたように明るい声を出す。
「そうだ、あんな島、中国にくれてやりゃあいいんすよ。痛ぇっ」
「バカやろう、そういうのを売国奴っていうんだよ。」
 若い男の頭を叩いたリーダー格が、声を荒げた。
「バイコクド?」
 叩かれた頭をさすりながら若い男が意味不明と言わんばかりな声を出す。
「簡単に言やあ、自分の国を裏切って外国に売るような事をするクソッタレってことさ。お前、本当に何も知らね~んだな。そんなんじゃ、いつになっても自分の店持てね~ぞ。勉強しろ、勉強。」
「あ~、そのことっすね。それなら俺も知ってるっすよ。政治家とか、どっかの新聞社とか。」
 グループから笑いが生まれる。
「ま、そんなもんだ。おい、ちょっと静かに。」
 リーダー格が、仲間を制する。
 画面が切り替わり、初老の男が映る。
「あの爺さんだ。」
「そもそも、あいつがあの島にちょっかい出すからこんな事になったんじゃないか」
「ちょっかい出すも何も、日本の島に日本人が上陸して何が悪い。」
 またもや、ザワメキが起こる、いつの間にか搭乗客が集まっていた美由紀の周りの席も騒々しくなる。
-日本国民の皆さん。私は、尖閣諸島、魚釣島の河田です。
 先ほど見ていただいた映像は、この島の沖合に侵入してきた中国艦隊の映像です。この場所から私が見ているのと同じ光景を御覧いただきました。。。-
 映像に現れた老人の堂々とした声に美由紀含めてその場が静まりかえった。
-この光景を見て、皆さんは何を思ったでしょうか?
 外国の艦隊が、、、中国の艦隊が、私を排除することを公言した上で日本の領海を侵犯しているのです。
 私は日本人であり、この島は日本の領土です。日本国政府も尖閣諸島は、日本固有の領土であり、領土問題は存在しない。と宣言しております。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹