尖閣~防人の末裔たち
目を閉じてじっと報告に耳を傾けていた河田は、独り呟くと目を見開き、背筋を伸ばした。
「諸君。これよりZ作戦に移行する。準備を頼む。」
長官。と同情を込めて河田に呼びかけるような声が異口同音に湧きおこる。彼ら1人ひとりに仏像のような穏やかな表情で頷き返す河田に、誰もが目を潤ませた。それでもそれぞれが割り当てられた指示を無線で出し始めた。ある者は目元を拭いながら、そしてある者は鼻を啜りながら。。。嗚咽を漏らす者もいる。
司令部と彼らが呼ぶ単管パイプに布を張っただけの建造物の中では、一部を残して機材の梱包作業が始まった。
Z作戦。。。アルファベットの最後の文字「Z」から取ったこの作戦の意味は、「後がない」ということを意味していた。日の丸が掲げられていた急ごしらえの国旗掲揚塔には、旭日旗の下に対角線で仕切った上下左右の三角形がそれぞれ黄、赤、黒、青で塗りつぶされた「Z」を意味する信号旗が掲揚された。 その掲揚の様子を、数名の部下と敬礼したまま見つめていた河田は、傍らに駆け寄って来て同じように敬礼で掲揚を見終えた藤田に、声を掛けた。
「藤田さん。すまないがZ作戦に移行します。準備をお願いします。それから、海保の諸君には、エンジン付きのゴムボートを1隻与えてやってください。食料と水も載せておいてください。」
清々(すがすが)しい河田の表情に、覚悟を決めた者の潔さを感じた藤田は、河田に直立不動の敬礼をして言葉を返す。
「了解しました。彼らを巻き添えにするわけにはいきませんからな。武運を祈ります。」
藤田に答礼をしながら河田は深く頷いた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹