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尖閣~防人の末裔たち

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 そこまでしなくても、、、怪訝そうな顔で防毒マスクを取りに行った彼だが、適切な装備を持たないなら、過剰と思えても部下の安全を優先する。それが梅沢のやり方だった。
「御苦労。読んでくれ。」
「はい。
 こちら、佐世保総監部 2等海佐 倉田健夫。貴艦の状況を、護衛艦隊司令部に中継する。状況を知らせよ。空自機の攻撃行動は、貴艦のCICが乗っ取られていたためと愚考す。至急連絡を取る必要ありと認む。
です。」
 倉田健夫の名に、「いそゆき」の艦長だ。と、艦橋のあちこちでざわめきが起こった。
 梅沢は、やっと連絡手段を手に入れた安堵と、身を呈して空自機の攻撃を止めてくれたことに感謝の念が胸に込み上がり、溢れそうになるのを感じた。さっきのP-3Cといい。我々を救うためにありとあらゆる手を尽くしてくれた先輩に何と感謝してよいものか。。。
 尻のポケットに突っ込んであったハンドタオルを取り出して、汗とも涙ともつかないもので汚れた顔をサッと拭った梅沢は、大きく呼吸をして命じた。
「発光信号用意。
発;護衛艦「あさゆき」艦長
宛;倉田2等海佐
 貴官の救援に本艦一同最大限の感謝を申し上げる。
 護衛艦隊司令部に以下送信されたし。
 空自機のチャフにより現在あらゆる通信が不能。電話を含めあらゆる衛星通信は、反乱者により破壊されている。反乱者は1名のみで、身柄は確保している。
 本艦に対するあらゆる攻撃を中止されたし。
以上。」
「了解。」
 梅沢に命じられた電文を信号用便箋に書き留めた隊員は、内容を復唱すると防毒マスクを被ってウィングに出た。ウィングには発光信号器を兼ねたサーチライトがある。

 護衛艦隊司令部の報告に首相官邸のある部屋は歓喜に包まれた。陸海空3人の幕僚長達は、立ち上がり互いに手を取り合いお互いの労をねぎらった。
 それを目にした総理大臣の宇部が目の色を変えて彼らに歩み寄った。
「艦内に謀反者がいたということは本当なのか?どうしてくれるんだ。いったいどう国民に説明すればいい。夜の記者会見までに対策を示したまえっ。」
 これ見よがしに彼らを睨みつけた宇部首相は、部屋の全員に周知させるように大声で怒鳴った。
「だったら、あんたが護衛艦を沈めようとしたことも記者会見で言うんだろうなっ。」
 海上幕僚長の山本が宇部の鼻先に人差し指を突き付けた。全身真っ白な制服に身を包んだ山本の姿は、白装束で切腹の覚悟を決めた侍のような雰囲気と強い意思を発していたるように見えた。
「貴様ぁっ。自分が何を言っているか分かってるのかっ。」
 山本の指先で射すくめられた総理に代わり官房長官の甲高い怒鳴り声が響くが、細みの身体が肩をいからせても迫力はない。
「状況が終了したので、戻ります。」
「失礼します。」
 3人は続けざまに一礼すると大きな扉へ向かって歩き出した。
「まだ、話は終わっとらんぞ。逃げるのかっ」
 山本の指から解放された宇部が、立ち去る幕僚長達の背中に罵声を浴びせた。
「あんた等の尻拭いをしに戻るんだ。何でも闇に葬って、臭いものには蓋をして、いつも逃げているのはあんた等、政治家だろ。
あ、そうそう、中国艦隊にどう対処するのか指示を待ってますよ。最高司令官閣下殿。」
 吐き捨てるように言った山本が踵を返すと、陸、空の幕僚長も再び扉の方に向き直って歩きだした。
 6つの軽蔑の眼差しを受けた宇部は、返す言葉もなく彼らを見送るしかなかった。防衛大臣は、どちらに付くこともできず、椅子に座ったまま目を泳がせることしか出来なかった。

 ターボプロップの重低音を響かせたP-3Cが護衛艦「あさゆき」と倉田達の乗る釣り船「しまかぜ」の間を超低空で左右に翼を振りながら抜けて行く、
 すっかりチャフの塵が晴れた「あさゆき」の甲板の至る所で、白い制服、青い作業服の隊員が手を振り、大声で感謝の言葉を叫んでいた。その声は「しまかぜ」の倉田達にも届いていたが、彼らは自分達の叫び声が護衛艦の隊員たちの声と混じり、ハーモニーを奏でていることが、これまでの連携プレーの成功の感動をより一層盛り上げていた。
 
-ELBOW01、Abort mission.RTB.(エルボー01、作戦中止。帰還せよ。)-酸素マスクの中で大きく溜息をついた鳥谷部がマイクのスイッチを入れる。
「Roger ELBOW01.RTB(エルボー01了解。帰還する。)」
 低空で旋回しながらP-3Cとの間合いを見計らっていた鳥谷部は、高度をゆっくりと上げながら那覇基地へ機首を向けた。
 終わった。。。
 もう一度溜息を吐いた鳥谷部は周囲を見渡す。
 千切れ雲を突きぬけ、上昇を続ける鳥谷部の周りには、日没へ向けて柔らかくなりはじめた南陽の陽に青みを増す空があり、遠くには大きな積乱雲が見える。どこまでも続く景色、その全てが何事もなかった事を祝福するかのように優しく鳥谷部を包み込んでくれているように思えた。
 生きている。そして誰も殺さなかった。良かった。本当に良かった。。。
 鳥谷部は酸素マスクの中で呟くと、大きく酸素を吸い、深呼吸をした。
 もしかしたら、俺達が誰よりも平和を望んでいるのかもしれないな。。。平和な日常は、当たり前のことではない。どこかでバランスが取れているのだ。。。俺は飛ぶことで平和を守っている。誰もがそれぞれの役割を果たし、それらがバランスしていることで平和な日常がある。。。そのどれかが狂っただけで争いは起こる。そもそも動物だって本能的に自分と同じ種は殺さない。人間だけが異常なんだ。いや、本当は人間だって同じはずだ。殺し合いなど本能的にはしたくないはずだ。。。ただ、抱えているモノが複雑なだけだ。外交、経済、憎悪、歴史。。。それらが絡み合いつつもバランスが取れている時が平和なのかもしれない。。。
 絶妙だな。。。
 マスクの中で鳥谷部は苦笑した。
 
 室内の殆どのノートパソコンの画面が黒い画面のまま沈黙していた。先ほどまでは、それを起こそうと、何度も忙しなくキーボードを叩く音や、再起動を繰り返し行う音が室内を占めていたが、今はその音もない。
 賑やかに色を表示しているのはインターネット用のノートパソコンと、山頂に設置した簡易レーダーの端末だけだった。
「長官。駄目です。「鷹の目」は完全に沈黙しています。エラーの内容から送受信ブイとのケーブルが切断されている模様です。「おおよど」とも依然連絡が取れません。」
 片岡が悲痛な声で報告する。
「そうか。。。やむおえんな。佐藤君、「あさゆき」の状況はどうか?」
 滅多に感情を顔に出さない河田が苦渋の表情を浮かべている。レシーバーを掛けて無線の傍受をしている佐藤がメモを取る手を止めて内容を読み上げる。
「今、護衛艦隊司令部と「あさゆき」のやりとりが行われています。すみません、ちょっと待って下さい。。。クソっ、根本さんが捕まったようです。チャフで通信ができないため、付近にいる倉田2佐が中継しています。「しまかぜ」の無線機を使っているようです。」
 河田から正面に視線を戻した佐藤は、無線を聞き漏らすまいとレシーバーを手で耳に押しつけながら、再びメモを取りつつ断片的に実況する。
「うむ。。。やむをえんな。。。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹