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尖閣~防人の末裔たち

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「梅沢っ、目を醒ませ。領海侵犯している中国艦隊は、魚釣島を攻撃することを明言してるんだぞ。世界中が見ているんだ。ここで何もしなかったら、世界に対して領土ではありません。と言っているのと同じじゃないか。それこそ中国の思うつぼだ。」
 根本は一気にまくし立てた。
「目を醒ますのは、あなたの方だっ根本2尉。あなたのやっていることは政治的活動への関与です。我々は反乱軍ではない。銃を降ろしなさい。これは命令だ。」
 あなたこそ宣誓を思い出せ。と怒鳴りたい気持ちを抑え、努めて冷たく言い放つ梅沢に、根本は舌打ちで応じると、坂木を突き飛ばし、銃を梅沢の眉間に突きつけた。
「艦長」と呼び掛ける声と「何をするんだ」「やめろ」といった批判の類の声が部屋中に充満する。
 不意に発せられた銃声の短く乾いた音が、彼らの声を一瞬で圧倒した。
「大久保。ハープーンを発射しろ。これより本艦は俺が指揮する。」
 素早く梅沢の眉間に銃口を戻した根本の声が静まりかえったCIC室に響いた。
 この騒ぎで総立ちになっている他の隊員同様ハープーンの卓の前で立っていた大久保3尉がハープーンの卓に座り込む。
「私は、自衛官です。艦長の意にそぐわない命令には従いかねます。」
 卓の前で腕を組み、目を伏せながら自分に言い聞かせるようにゆっくりと言う大久保の声は微かに震えていた。
「若造が、何もわからん癖に生意気なことを。まあいい。忠実な部下を持って良かったな。艦長。だが、状況を理解していない。頭が堅いんだよ。」
 銃口を突き付けられた顔を動かせずに視線だけを大久保から再び口を開いた根本に移した梅沢の眼光に鋭いものが見える。
「頭が堅いのはあんたの方だ。日本を滅ぼす気か。銃を降ろすんだ。」
 もう昔の根本さんじゃない。そう自分に言い聞かせると、目の前の男には単なる怒りの感情しか感じなくなった。
「日本を滅ぼす。だと。。。このまま黙って魚釣島まで中国艦隊を通せば中国は、いやそれだけじゃない、諸外国はどう思う?
 自衛のためだ、と言って立派な装備を持っていてるが、日本はどんな場面でも使わない。と宣言しているようなものじゃないか。それで抑止力になるか?次に狙われるのは、沖縄や、北方領土近辺の島だ。それこそ、「真の亡国」じゃないのか。」
 根本の言葉に返せるような理論を梅沢は持ち合わせていなかった。確かにそうなのだ。だが、誰もがそれを知りながら任務についている。それがこの国特有の歪んだシビリアンコントロールだ。コントロールするための規定や法が整備されていない名ばかりのコントロールは、いざという時に全てが機能停止に陥ることを意味する。即ち「動けない。」ということなのだ。
 この国は戦前・戦中に暴走し、国を破滅に追いやった軍国主義の亡霊にとりつかれているのかもしれない。その亡霊を恐れるあまり、動くための法整備を見て見ぬ振りをして先送りしてきた。そのツケが、根本達の反乱とも言える行動を引き起こし、そして彼らに「作られた」状況に対応できない自分達なのだ。「ふん。何も言えんか。そうだろうな。だが、規則は守りたい。ということだろ。じゃあ、その規則は本当に国のためなのか?国民を、国土をそれで守れるのか?
 まあいい、それが艦長の命ひとつで済むなら、それもよかろう。大事なのは、攻めてくれば撃つ。ということを外国に示せればいいんだ。悪く思うな。お前に俺に反論するだけの意見が無い事も問題なんだからな。艦長たるもの有事に部下を納得させるだけの持論を持たなきゃだめだろ。」
 と言った根本の目は、あの日の「先輩」に戻っていた。だが、片手で握っていた拳銃-ベレッタ-を両手で握り直す根本の前で、梅沢の命は風前の灯だ。
 すまんな。みんな。
 梅沢は、無抵抗で、無知な自分を心の中で詫びた。
「飛行物体急接近。方位80度(西南西)、距離21海里(約40km)、速度320ノット(約590km/h))。高度不明。超低空です。」
 あまりに突然の事に報告する坂木の声が裏返る。
「近すぎる。低すぎて気付かんかったか。ミサイルか?にしては遅いし方向も那覇の方からだから変だ。」
 梅沢が銃に構わず反射的に艦長の振るまいに戻る。
 当たり前だが地球は丸い、このため水平線の向こうにはレーダー波の届かない部分つまり影ができる。超低空でその影の中を飛べば、レーダーに捉えられる事は無い。坂木を責める事はできない。
「く、空自(航空自衛隊)のF-15です。1機。あと90秒で本艦に接触します。」
 ざわめく室内に叫ぶような坂木の声が響く
「何で空自が?間に合わない、全艦に連絡、衝撃に備えよ。」
「了解。」
「本艦に超低空で航空機が接近中。衝撃に備えよ。繰り返す。衝撃に備えよ。」

 銃を突きつけられたままの梅沢に代わって、マイクに近い隊員全艦放送を入れた。その声が終わるのを待たずに、艦の奥深くにあるCICにも低い唸りが近付いて来るのが分かった。
 やばい。
 誰もが固唾を飲み、唸りが室内を占めるようになった途端、その音源は急激なガスバーナーの音をスピーカーで割れんばかりに鳴らしたような爆音に変わり、周囲を振動させた。そして振動が収まるにつれて爆音も小さくなっていった。
 何処からともなく溜息のような安堵の雰囲気に包まれ始めた。
「艦長。CIC画像不良。」
「艦長、レーダーアウト。」
「無線使用不能。」
 室内のあちこちから報告が上がる。
 状況を把握しているのか、艦長の役割を果たさせようとしたのか、根本が諦めたように銃を降ろした。「艦長、艦橋から、副長です。」
 根本に感謝とも断りともつかぬ目礼をした梅沢は、艦内電話の受話器を受け取った。
「CIC梅沢だ。どうした?」
-艦橋、松隈です。超低空で接近した空自のF-15が本艦真上で急上昇しながらチャフを撒いて行きました。何かの演習ですか?そういう話を聞いてないでしょうか?-
「いや、何も聞いていない。なるほどチャフを撒かれたのか。こちらは電波関係が全てダメだ。でも何故本艦が狙われるのか。。。だな。空自は気でも狂ったか?それとも連中とグルか。。。」
ー連中?ー
 こちらの状況を今知らせては混乱が大きくなるだけだ。黙っておこう。
「いや、何でもない、独り言だ。まずは停船し、対空警戒を厳となせ。掃除は後でいい。私はここで指揮を取る。頼んだぞ。後でみんなで甲板掃除をやろう。」
ー了解。ー
チャフか。。。
 受話器を元に戻した梅沢が唸る。
 チャフは細かいアルミ箔のような物で、これを散布することにより電波を乱反射させレーダーを狂わせる。簡単に言えば電波を遮断するようなものだ。
まだ明るいとはいえ、目潰しをされた状態での航行は危険だ。チャフが完全に舞い落ちるまでは行動不能というわけか。。。
 それにしてもなぜ空自が。。。
 チャフなんか撒いてどうするつもりなのか。。。
 まさか攻撃するつもりか?だったらチャフなど撒かずに対艦ミサイルでも撃ってくればいい。。。
 梅沢の脳裏に次々と浮かぶシミュレーションは「あり得ない」という別の自分に何度もかき消された。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹