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尖閣~防人の末裔たち

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 視界の中では、無線担当の卓に火花が散り、隊員の表情が凍っていた。
「切れっ。応答するな」
根本が声を張る。
「何をするっ。やめんかっ」
 普段先輩への敬意から決して根本に対しては発しない怒鳴り声をあげた梅沢が根本に掴みかかろうとする。いくつもの腕が鍛えられた梅沢の身体を押さえた。
 CICが喧騒に包まれる。
「今のCICの状態が本当の状態だ。さっきまでのCICは、我々が作っていた偽の情報だ。電波妨害もそうだ。衛星通信は俺が壊した。。。
見ての通り、実際には巡視船「ざおう」は無事だ。だが、見ての通り中国艦隊は領海を侵犯している。。。
みんな、まだ分からんのか?我々が何をなすべきかを。
お前らは、まだ分からんのか、、、我々が作った偽のCICだったが、「ざおう」が撃沈された時、我々は何もできなかったじゃないかっ。その時お前らは何を思った?自衛官として、そもそも人として、、、お前らは平気なのか?」
 根本の声に一同が口をつぐむ。思いが通じるところもあるのだろうか、悔しそうに拳を力強く握りしめているものも多い。
 梅沢も唇を強く噛んでいる。
「さあ、ハープーンを発射しろ。艦長、発射命令を出すんだ。」
 一転して諭すような眼差しで梅沢の目の奥をのぞき込むように見つめる根本の目に、防衛大学校から幹部候補生学校を経て新任幹部として根本の部署に配属された日のことが重なる。
 
 なあ、梅沢よ。お前は防大卒の前途有望な幹部だ。俺のような「とっちゃん幹校出」とは違い、あっという間に昇進して艦長になる、いや、もっと出世するかもしれん。これからは、自分よりも年上の部下を指揮することがほとんどになる。年上のベテランばかりを相手にすることは苦しいこともあるかもしれない。しかし、勘違いしちゃいけない。彼らは年下の指揮官に自分達よりも任務をうまくこなし、技術も知識も自分達より豊富であることは、求めちゃいない。それを求められるのは、戦闘機の指揮官パイロットくらいじゃないかな。戦闘機に乗っていれば目的も手段も一緒だからな。だが俺たち護衛艦乗りは違う。
 よく考えりゃ、当たり前のことだよな?
 問いかけると自分の言葉にはにかむように、照れ笑いを浮かべた。
 CICの導入に携わってからは、ずっと薄暗い部屋での勤務となり、今でこそ浅黒いという程度の顔の根本だが、当時は砲術科として甲板での仕事がメインだった根本の顔は真っ黒で、白い歯が際立つ。一般の軍隊では最下位の階級である「兵」に相当する「海士」から一歩ずつ昇進し、やっと試験に合格して幹部候補生学校を出ると一般の軍隊で言うところの「士官」の第一歩つまり少尉に相当する3等海尉になる、自衛隊では「兵」を「士」に「士官」を「幹部」と呼ぶ、これも戦争アレルギーの影響なのかもしれないが、陸上自衛隊の前身である警察予備隊が使っていた米軍のお下がりの戦車を「特車」と呼んでいたのに比べればマシかもしれない。いや、今やどう見てもヘリ空母にしか見えない艦まで「護衛艦」と呼んでいる現在でも変わらないのかもしれない。そういえば、陸上自衛隊では歩兵部隊はなく、普通科と呼んでいる。日本人は言葉遊びの好きな民族なのかもしれない。呼び方を変えることで本質から逃れ、あるいは隠し、何事もなかったかのように過ごすように心掛けることで、次第にその矛盾を薄めていく。。。
 いずれにしても、一般隊員が何度も試験に落ち、やっといい親父になるような年齢で行ける学校だから「とっちゃん幹校」と呼ばれている。それでも試験に合格できるのはほんの一握りの隊員だ。そんな叩き上げの幹部でも、梅沢のような防大卒にあっという間に追い越される。梅沢は、申し訳なさそうに俯く。
 そう恐縮すんなよ。誰も気にしちゃいないさ。そういう組織なんだ。旧日本軍だって、アメちゃんだってすだろ?どこの軍隊でも一緒さ、エリートを俺達ベテランが支えるんだよ。だから頭を柔らかくして俺達からスポンジみたいに何でも吸い上げろ。
 大声で笑うと梅沢が話しを続けた。
 若かろうが歳をとっていようが指揮官とはそういうものだ。部下には部下の役割がある。それを引き出し戦力として使うのが役目だ。指揮官に部下が求めるのは、戦力のひとつとしてじゃなく、判断力と人間性だ。極端に言えば
「この人の命令だったら、たとえ死んでも後悔はしない。」
 と思われるぐらいの人間になれ。そのためには人格を磨き、迷いを顔に出すな。そしてどんな状況でも最善の道を探す眼力と嗅覚を養え。そして部下の思いを把握しろ。
 まあ、言うのは簡単だがな、人格は自分で磨くしかないが、他の事については、コツを教えてやる。いいか、迷い、悩んだときは宣誓に従うんだ。我々は自衛官として上から下までこれを宣誓している。人間である以前に我々は自衛官として共通の心掛けを持ってるんだ。これを大事にすればいい。
 幹部になった時に追加された宣誓は、曹士は知らんことだから自分磨きの糧にしろ。
 そういうことだったのか。。。
 梅沢は、その言葉に一筋の光を見たような感動を覚えた。自衛官ならば誰でもそれを誓い、判をついて初めて自衛官として任官する。共通の行動指針だ。その文言が辛かった防大時代のシーンを背景にして頭を駆け巡る。

 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

 だけどな「我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し」ってとこ、いきなり最初で引っかかっちまうんだけどな。これ、出来てると思うか?
 ムッとした梅沢の表情に気付いたのか、根本が慌てて顔の前で手を左右に動かす。
 いや、自覚してない。と言ってる訳じゃない。自覚しているから命懸けで訓練しているし任務に就いている。問題は、そこじゃなくて、いざという時にそれを発揮するための規定や法律がないんだ。だろ?

 そう。。。確かに昔、そんな話をしていた。
 だからといって、やって良いことと悪いことがある。梅沢は毅然としろと自分に言い聞かせる。自然と背筋が伸びる。
「さあ、艦長。命令を出すんだ。」
 坂木に突きつけた銃に根本が力を込める。きつく結んだ坂木の薄い唇から苦痛が漏れる。
 気持ちは分からなくはない、いや、よく分かる。この人は、あの日から、いやそれよりも昔からずっと違和感を持ち続けてきた。だが何ひとつ変わらなかった。。。周辺国家の変化が激しい今、状況は冷戦時代より悪い。危機感さえ感じる。それは分かる。だが、宣誓にもある「日本国憲法及び法令を遵守し」と「政治的活動に関与せず」という文言は、敗戦を経験した日本が、二度と戦争をしないように強く願って決めたことなのではなかったのか?
「やりません。私はハープーンの発射命令は出さないし、独断で敵対行動を取るつもりはない。」
 多くの尊い犠牲の上に築かれたシビリアンコントロールの原則を、俺は破るわけにはいかない。梅沢が根本を睨んだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹