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尖閣~防人の末裔たち

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66.宣誓


「艦長。発射命令をっ。」
 根本が護衛艦「あさゆき」艦長の梅沢に詰め寄る。
「しかし、、、直接司令に指示を確認したい。」
 梅沢は、昔ラグビーで鍛えた厚い胸を張り、一歩も引かないことを体では示しつつもその声は小さく心許ない。既に命令は受領している。根本の言い分が正しいことをその口調が物語っている。
「巡視船が撃沈されてるんですよ。今更何を迷うんです。」
 根本の声は、梅沢を追いつめるように怒気を含み始めた。
 梅沢が、口を開き掛けた時、CICのドアが勢いよく開き、若い隊員が駆け込んできた。
「艦長っ、衛生電話も、、、メールも使用できません。」
 梅沢の前で背筋を正し、敬礼したその隊員は、荒い息を整えるまもなく辛うじて状況のみを伝えた。
「何っ、どういうことだ?電波妨害の影響か?」
 梅沢が、肩を落とすが、その声に先ほどの弱々しさはない。
「その、、、内部の配線が殆ど切断されておりまして、復旧には2時間ほど掛かる見込みです。」
 息が落ち着いてきた隊員が、詳細を報告する。その歯切れの悪い声と不安を隠せない表情に、意外な事態が現実に発生していることを思い知らされる。洋上に孤立した護衛艦。それは身内の行為であることは明確で疑う余地はない。
 疑う余地のない疑うべき事態か。。。
 こんなこと思う様なら自分はまだ大丈夫だ。。。いや、案外人間という生き物は、追いつめられると別なことに置き換えて考えるのかもしれない。。。
 駄洒落にもならない洒落を連想した梅沢は苦笑しそうになる頬を引き締めた。艦長として、毅然と指揮しなければならない。
「艦長。復旧するまで待つわけにはイカンでしょ。すぐにでもハープーンの発射命令を出すべきです。」
 根本が諭すように、しかし強い口調で畳み掛ける。
 その根本の射るような眼差しを梅沢は虚構の目で見返す。
 仕方ない。か。。。いや、仕方ない。で片付く問題なのだろうか?
 CIC電文による命令で攻撃するなぞ、電子メールで攻撃しろと言われたから攻撃しました。と言っているのと同じじゃないか。。。それならば、いっそのこと司令部でボタンを押せばミサイルを発射できるシステムにしてくれればいいんだ。自衛隊初、いや、戦後初の攻撃命令を発する俺、その命令がこんな電子メール如きの指示によるものとはな。。。だが。。。
 根本から視線を外した梅沢は、静かにゆっくりと息を吸った。
 そういうシステムである以上、歯車である我々は、すぐに命令に従うのが正しい。それが求められている姿だ。。。
 目を閉じてゆっくりと息を吐き終えた梅沢は、睨むような眼差しでCICの画面を確認すると、口を開いた。
「艦長より達する。。。何っ。なんだ?」
 艦長の発しようとする命令を聞き漏らすまいと、静まりかえっていた室内が一斉にざわめく。
 画面を埋め尽くすのは、普段このシステムを扱っている隊員でさえ辞書を引かなければ分からないほどの様々な英文だった。だが、そのいずれもが「Trouble(トラブル)」、「Error(エラー)」、「Disconnect(遮断)」などの単語を含んでいることで、システムが使えなくなったことだけは容易に判断がついた。
「田中っ、通信回線を確認。」
「池田は、制御盤を点検。」
「急げっ」
 ざわめきが、各担当部署幹部の指示と怒号に変わる。そのやりとりを他人事のよう根本は見つめた。CICを統括する幹部であるにのも関わらず、黙って傍観している根本に梅沢が口を開きかけた時、梅沢の傍らに座っていた根本の部下である坂木1等海曹が立ち上がった。
「ご指示をっ」
 上擦った坂木の声と真剣な眼差しをあざ笑うように皮肉な笑みを浮かべた根本は、画面を指さした。
 いつのまにかその画面にはいつもと同じように島の輪郭が描かれていた。と同時に室内のあちこちで歓声にも似た声が挙がる。
「やった~。何だったんですかね?」
 いつもの赤みが差した坂木の顔に笑みが浮かんだ。
「ん?ちょっと見せてくれ。」
 梅沢が、坂木と根本の間に割って入った。
 ん。どういうことだ。。。
 違和感を覚えた梅沢は、中国艦隊に向かう画面上の巡視船を指でなぞるように数えた。間違いなく3隻いる。先頭を行く船には「PLH Zaou」とコメントが付いている。PLHとはヘリコプター搭載型巡視船を示す。
「沈んだはずじゃ。。。」
 その梅沢の唸るような呟きを待っていたかのように根本が卓の下の黒いバッグを手に取る。突然の動きに
気付き画面から根本に目を移した梅沢の顔面にバッグが投げつけられる。梅沢の視界が黒で遮られる
「根本2尉、何をする。。。」
 辛うじて顔面を守った右手でバッグを払った梅沢は次の言葉を失った。
「何するんですかっ。」
 左の腕で顎の下を絞められ、こめかみに銃口を押しつけれた坂木1曹の声が裏返る。只ならぬ事態に室内から根本に、やめろ、といった類の言葉が様々な表現でぶつけられた。
「根本2尉、これはどういうことですか?その銃をどこから」
 絞り出すように事の次第を詰問する梅沢の声が怒りに震えている。
 その手に握られた拳銃は、護衛艦に積み込まれているSIG SAUAR(シグザウエル)P226とは明らかに異なる丸みを帯びてもっと大柄の拳銃で、米軍が使っているベレッタに見えた。もっとも護衛艦の銃器は、普段から隊員が身につけている訳ではなく、武器庫に納め、鍵を掛けて厳重に管理している。もちろん、その管理は艦長の梅沢自身が行っている。艦長の指示で必要に応じて使用することになっているのだ。
「早く、ハープーンを発射するんだ。それとも、この若者の命をここで散らせてやるか?」
 根本が銃をさらに押しつけると、坂木の表情に苦痛が浮かぶ。
「そんなことをして何になるんですか?」
 ベテランでさんざん世話になった先輩とはいえ、明らかに悪意を持った部下に対して、敬語を使う自分に嫌気を感じた。しかもこの台詞。。。まるでB級ドラマの刑事だ。
「領海侵犯している中国艦隊にハープーンミサイルをぶち込むのと、職務に忠実で、前途有望な若者の命を終わらせること。どっちが正しいのか考えるまでもないだろ?」
 根本が試すような視線で諭すように語りかける。
 ふざけるな。。。判断よりも先に、その言葉だけが梅沢の心を埋め尽くす。判断など問題ではなかった。なぜ、このようなことをするのか、の方が梅沢にとっては重要だった。
「なんでこんな事を。。。」
 口を突いて漏れた梅沢の言葉に、根本が大きな溜息を吐いた。
「いつまで甘ったれてるんだ。実習航海の幹部じゃないんだぞ、あんた艦長だろう。状況を理解するんだ。あんたが発射命令をだすか、俺が撃つか。どちらがいいか判断しろ、と言ってるんだ。戯言(ざれごと)を言ってる時間がないんだよ。」
 根本の言葉が静まり返ったCICに響く。
 
「艦長、自衛艦隊司令部が応答を求めています。」
無線を担当している中年の1等海曹が呼びかける。渡りに船とはこのことだ。梅沢がその男に目を向けての表情が緩みかけた時、何かが弾けるような音が聴覚を埋め尽くし、詰まったような感覚のあと、ポーっという電子音のような耳鳴りしか聞こえなくなった。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹