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尖閣~防人の末裔たち

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 近年の護衛艦には、家族との連絡用に衛星電話と電子メール端末が設置されているのだった。作戦や任務、訓練には全く関連しないこととはいえ、これら「日常生活の道具」に気付かなかったことに、梅沢は苦笑した。その梅沢と目が合った根本も笑みを浮かべた。その笑顔の種類が違うように梅沢は感じたが、とにかく根本が笑顔を見せたことで先程拒んだリコメンドを気にしていないことが分かり、梅沢は、胸が晴れるのを感じた。

 水平線に姿を見せた「おおよど」の船体が見る間に接近し古川達の乗る「しまかぜ」より一回り大きいのが分かる。表向きは漁船を改造した釣り船のようで、船上には魚を集める照明や網を巻き上げる装置など、河田達の真の目的には関係のない「装飾」はない。気になるのは、船尾から海に垂れている太く黒いケーブルだ。
 船に妨害電波のアンテナの類が無いな。だとすると、あのケーブルに仕掛けがあるに違いない。そうか。。。アンテナを引っ張っているのかもしれない、それなら護衛艦に姿を見られることなく、その近くに妨害電波の発信源を置ける。CICを乗っ取る電波も出せるということか。。。その偽CICが、「あさゆき」に中国艦隊へのハープーンミサイル発射を命じたところだった。
 改まって申し訳なさそうに「おおよど」妨害への協力を古川達に依頼する倉田の目は、怒りで赤く、そして潤んでいた。
 艦長用と白インクで書かれた双眼鏡で、「おおよど」を舐めるように観察する。片側のレンズが割れているので影のようなズレが鬱陶しいが、自分で割ってしまっておいて文句は言えない。
 人数は操船している男を含めて2人。後部のデッキに立つ男がじっとこちらを見ている。
 あいつだ。。。コンピューターに詳しそうな奴。やっぱりそうか。。。
 デッキに立う男を見て古川が唸った。
 あいつは海上保安庁のヘリが撃たれた時、写真を産業日報にメールで送る時に、あの無線室のような部屋で、パソコンを貸してくれた男だ。そして、迂闊にも俺はそのパソコンに写真データを残してしまった。それを奴が解析したのだろう。その一部に銃撃の証拠となる写真があるのを見つけ、俺のアパートに侵入してデータを削除し尽くし、挙句の果てに関係のない悦子を巻き込んだ。悦子を誘拐して俺を脅した。。。証拠を消すために俺達は殺されそうになった。あいつさえ気付かなければこんなことには。写真データを残してしまった俺の迂闊さもあるが、例え俺が削除していても、あいつならデータを復元しただろう。俺がDVDにコピーしたことまで見抜いた男だ。それぐらいは朝飯前だろう。。。そして今、事態は取り返がつかない状況になろうとしている。
 男とレンズ越しに目が合ったように感じた時、次々と湧き起こる思いが古川の怒りを頂点に達せさせた。
 止めてやる。必ず。このシステムさえ潰せば奴らのアドバンテージは無くなるはずだ。
 その怒りに呼応するかのように古川達の乗る「しまかぜ」が「おおよど」に急加速する。
「揺れるので何かに掴まっててください。速度を上げます。」
 操船する倉田が、思い出したようにデッキを振り返って声を張り上げた。権田と古川が手を挙げて合図した。放り出されぬように古川がしゃがんで船縁(ふなべり)を掴むと、権田もそれに倣った。長身の権田はしゃがんでも上半身が舷側から飛び出している。
 旧日本海軍最速の駆逐艦「島風」の名にあやかったのであろう船はその名に恥じぬ快速を発揮していた。
 「おおよど」に対して左斜め後方から接近する「しまかぜ」。見る見るうちに「おおよど」の白い横腹が迫る。
 乾いた唇を舌で湿らせるた古川は、船縁に立てかけたM-16A1自動小銃を引き寄せた。本来ならば船縁など、何かに固定して射撃する方が命中率は高くなる。しかし激しく揺れる船体をあてにすることは出来ない。呼吸を整えた古川は、片膝をデッキの床について体全体を船の動揺を修正するバネにしてM-16A1を静かに構えた。長年米軍に正式採用されていたこの自動小銃は、日本人としては標準的な体格の古川が構えると長めに見える。だが、古川の扱いには違和感は見られない。一般の日本人ならこの古川の雰囲気の方にこそ違和感を感じるかもしれない。
 軽く手前の照門(リアサイト)の丸い穴を通して男にピン状の照星(フロントサイト)を合わせた古川が、サイトから目を上げて視界を広くとった。目測でざっと100mを切り、なおも急接近していた。
 もう一度リアサイトを通して男を見た瞬間、動きを感じて即座にサイトから目を上げた古川は内心舌打ちした。
 半身を引いて背筋を伸ばし直した男が突き出した右手に握られた拳銃が、機能美ともいうべきベレッタ独特の丸みを帯びたフォルムを見せていた。
 美しく見えるのは右斜め前から見ているからだ。つまり狙われているのは自分ではない、ということだ。
 くそっ。やっぱブランクはデカイぜ。
 ワンテンポ遅れて気付いた自分に舌打ちする間も惜しく即座に叫ぶ。
「倉田さんっ、伏せろっ。」
 咄嗟に操舵装置の裏に身を隠した倉田をその場に封じ込めるように周囲が弾ける。白いFRPの破片が花びらのように散り、風防ガラスが砕け散る。それでも倉田は舵輪は手放さなかった。ひと回り大きな「おおよど」に正面からぶつかればこちらに勝ち目はない。倉田はそれを知っているのだ。自分を犠牲にしてでも「あさゆき」を救うために、ひいては日本をこの暴挙から守るために向かっていく、1人の自衛官として。。。そのプロ意識の高さに古川は感銘さえ覚えた。
 何としても倉田さんを守らねばならない。。。
 古川は、銃を構え直した。
 それにしても、銃を持っている俺を最初に狙わずに操船する倉田を先に銃撃するとは、俺も舐められたもんだ。
 古川にとって、このM-16A1はアメリカの傭兵スクールで目隠しをしたまま分解、組立が出来るほど慣れ親しんできた銃だった。そして古川の見たところ、この銃は古いが、よく手入れされている。試射した結果からも癖のない素直な銃であることは分かっている。

 久しぶりだが大丈夫だ。馴れない銃だから急所を外せる保証はないが、あいつを止めなければ全てが破滅へと転がり出す。

 続けざまに続く銃撃にスローモーションの様に弾け、飛び散る破片、久々の戦闘の感覚に否が応にも高鳴る鼓動に落ち着けと語りかけた古川は、軽く吸った息を止めると同時に引き金(トリガー)を短く引き絞った。口径の小さな5.56mm弾の軽い反動を感じながら古川は僅かに銃口を上に振る。こうすることで、下から上へ着弾点が移動していく、つまり、近い距離から遠距離まで弾をバラ撒くことができるのだ。左右へのバラつきのない素直な銃だからこそ、照準通りに弾は飛ぶ。しかし、慣れない銃ゆえに距離感を掴むことは難しい。この方法で射撃すれば思っていたより遠かろうが近かろうが、何発かは当てる事が出来る。
 弾丸を肉眼で捉えることは不可能だが、ストックをあてた肩に感じる反動と、「おおよど」の白い船体の横腹に増える黒い点が、確実に弾丸が発射されていることを主張する。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹