尖閣~防人の末裔たち
「。。。。。そう。倉田だ。あの一件で、「いそゆき」の艦長から降ろされちまって。今は総監部で慣れないデスクワークをしてる。その節はお世話になりました。お陰さまで息子も順調に回復しています。」
目の前に相手がいるように、頭を下げながら無線を続ける倉田が急に声を落とした。
「皆川2尉に折り入ってお願いがある。一刻を争う状況だ。」
相手の反応を探るように倉田が間を置いていた。
皆川2尉といえば、たしかベテランの哨戒機乗りだったはず。先日銃撃された海保のヘリパイロット-倉田息子-の救急搬送を行う海自の救難飛行艇US-2を攻撃しようとした中国海軍の艦載機Su-27を身重な4発プロペラ機のP-3Cで海面へ叩きつけんばかりに追いつめた男だ。その男に倉田は何を依頼しようとしているのか。。。
「空自の2機のF-15が、私の近くにいる護衛艦「あさゆき」を爆撃しようとしている。既に超低空で向かっている模様で、こちらのレーダーからは消えた。貴機のレーダーで確認できるかどうか分からないが、「あさゆき」の上空に張り付いて、空自の攻撃を妨害してほしい。」
皆川2尉の返事が芳(かんば)しくないのか、倉田は目を伏せて唇を噛んでいる。
「そうだ。「あさゆき」がなんらかの方法で乗っ取られているらしい。我々の掴んでいるところによると、CICなどの電子機器が完全に向うのいいなりだ。とにかく時間が無い。」
相手に何を言われたのか倉田の顔に赤みが差し、こめかみの血管が浮き上がる。
「任務と言ったって、領海侵犯した中国艦隊に警告の無線を流すだけだろ?爆弾でも積んできたのか?違うだろ。そんなの1機で充分じゃないのかね。
「あさゆき」艦長の梅沢2佐に限ってそれは断じてない。あいつは何も知らない。偽のCICに騙されてるんだ。何とかなりませんか。」
口調に怒りに似たものを滲ませながらも、語尾は懇願に等しくなっていた。
「分かった。確かに私に指揮権はないし、きみらの警告という任務は重要だ。すまん。ただ、上を通している猶予は無いんだ。それだけは分かってほしい。この話は聞かなかったことにしてくれ。越権行為を詫びる。」
むしり取るようにヘッドセットを外して床に叩きつけた倉田。そんな一面に人間味を感じた古川は、ただ同情するような見つめる事しかできなかった。
倉田は、古川と目が合うと、首を力なく左右に振った。
「駄目でした。任務優先なのは分かりますが。。。柔軟性が無さ過ぎる。臨機応変さが必要な時なのに切り替えができん。。。なかなか上手くいかんもんです。」
「まもなく見えてくるぞ。ぶつけても構わん。」
タブレットから顔を上げた広田が、その風貌に似合わず怒鳴るような声で「おおよど」を操船する男に言葉を放った。
小柄で痩せ形、広く皺のない額は、軍人というよりは、優秀なエンジニアを想わせる。実際に広田は、河田水産の持つ全ての電子機器管轄していた。この「鷹の目」システムを中心となって開発したのも広田だった。そういった意味では、「らしい」風貌といえた。
広田は、ベルトに突っ込んであった拳銃-ベレッタM92FS-を取り出すと、スライドを引いて1発目を薬室(チャンバー)へ送り込む。そのままスライド後方のセーフティーレバーを親指1本で下げると、デコッキング動作で軽い金属音を立てて起きていたハンマーが安全に戻る。広田は、白いFRPの台にゴトリと銃を置くと、ポケットから、弾倉(マガジン)を1つ取り出してその隣に並べると思わず舌打ちがこぼれた。
「ったく。こんなんでどうやって勝負しろっていうんだ。失敗したな。。。」
「そう苛立つなよ。広田にしては珍しいな。いくらその筋のブンヤさんとはいえ所詮相手は民間人、銃を触ったこともない素人だろ。」
舵輪を握る男が塩枯れた声で笑う。どう見ても漁師といった風貌だ。神経質で頑強とは無縁に見える広田は経験の浅い釣り客。
本来ならば、連射もできるM-16A1自動小銃を持ってくるべきだったが、万が一海上保安庁などに臨検された際に、さりげなく捨てられるように拳銃だけを持ってきた。拳銃なら船べりから静かに海へ捨てれば気付かれることは無い。長モノと言えば「船釣り」を言い訳にするために持ってきた数本の釣竿だけだった。そして、船尾から長く強化ケーブルで伸ばしたアンテナは、スイッチひとつでケーブルごと切り離すことができる。
だが、備えは万全だ。。。
船尾に向かい海面に伸びるケーブルを強く引いてみるがビクともしない。漁具の浮を模したフロートの中に各種アンテナを内蔵している。アンテナユニットの海中部分には、モーターユニットがありそのモーターで駆動するスクリューは、つねに目標の護衛艦「あさゆき」に向かって海水を掻いている。つまり母船である広田の「おおよど」がどんな動きをしようとも、アンテナは「あさゆき」に向かってケーブルを引っ張っている。このケーブルを長く延ばすことで、アンテナを目標の近くに置きながら、母船は水平線の向こうに身を隠す。これまでの「鷹の目」のようにCICの情報を傍受するだけなら電波を受信できれば良いのだが、今回のようにCICを乗っ取り偽情報や命令を送信、そして妨害電波を出して、通信を不可能にし、レーダーに目潰しを掛けるためには、送信アンテナを目標の近くに置かなければならない。
これが今回の作戦のために広田が編み出した苦肉のシステムだった。
-傍受できるなら、その逆も出来るだろう-
という河田の発想で拡張された「鷹の目」は、今回の作戦の切り札を握っている。
短期間でのシステム改修と装置の製作には苦労したが、効果は十分あげている。なにしろ、このシステムで護衛艦1隻を自在に操れるのだから。。。
なにも心配はいらない。
広田は、満足げに頷くと、ようやく傾き掛けてきた陽光を鈍く反射するベレッタを腰のベルトに差し込んだ。
「領海まで、あと1海里(約1.8km)を切りました。」
緊迫した声が告げる。
「了解。中国艦隊からの反応は?」
場を和らげるようにゆっくりとした口調で河田が確認を促す。
慌てる必要はない。切り札はこちらが握っているのだ。
「あれ以来ありません。」
河田達は、中国艦隊が接続水域に進入してから何度も英語、中国語で警告を発してきた。しかし、一度だけ「釣魚島に上陸した侵略者を排除するための防衛行動である。即刻退去せよ。」と通告が来た後は、全く反応がなかった。
「この島を侵攻すると明言しておきながら、何事もなく領海に入れると思っているのか?
我々を自衛隊と同じだと思っているらしい。。。まあいい。。。本物の専守防衛を教えてやる。」
河田は、深く息を吸うと、長く続いた静寂の中でオーケストラの演奏を開始させる指揮者の如く、手を振り上げる。室内の全員が一斉に河田に注目した。全員の注意が向かっているのをそれぞれの目を見て確認した河田は、一気に手を降ろしながら命令を発した。
「「あさゆき」にCIC電文
発;自衛艦隊司令部
宛;護衛艦「あさゆき」
電文;
魚釣島沖の領海に進入中の空母1隻を含む5隻からなる中国艦隊により、魚釣島は攻撃を受けつつあり、国土防衛のため、速やかに本命令を実施されたし。
攻撃命令
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹