尖閣~防人の末裔たち
63.実効支配
「長官、那覇基地から発進したF-15が2機が、旋回を始めました。これは、、、待機している模様です。中心は護衛艦「あさゆき」!」
いつもは低く柔らかい佐藤のテノールボイスの語尾が緊張で硬くなった。
「我々の行動を読まれたか。。。まあいい、それはそれで、こちらの意志を明確にしやすいということだ。いつでもハープーンを撃てる。とな。
F-15よりも前に発進したP-3Cはどうしてる?」
河田のゆとりのある反応が、場を落ち着かせる。
「はい。P-3Cは別行動と思われます。F-15に抜かれているので合流するかどうかは、明言できませんが、方位的には真っ直ぐ中国艦隊に向かっている模様です。」
傍受したレーダー情報を映したパソコンの画面を指でなぞりながら佐藤が答える。画面では、大きく旋回をしている2機のF-15の輝点の後方に、2機のP-3Cが飛行しているが、その方向は「あさゆき」から逸れ、中国艦隊を指向している。声はいつものテノールボイスに戻っていた。
「ふん、それじゃ外国艦隊の演習の監視任務と同じじゃないか。いったい山本は何をやってるんだ!それとも首相が怖じ気付いてるのか。。。あと何分だ?」
先ほどとは打って変わった怒気を含んだ声で河田が聞いた。
「あと17分で領海に入ります。山頂レーダーでも補足しています。間違いありません。」
山頂レーダーは、昨夜上陸した際に敷設した簡易レーダーだった。このレーダーとCICシステムから得た「鷹の目」の整合性を時折確認していた。また、「鷹の目」が何らかの原因で使用不能となった際に、この島を防衛する目の役割を果たす。
「首相官邸へ繋いでくれ。音声でな。」
会議室に備え付けの電話ではなく、臨時で開かれた回線の電話が鳴った。全員の目が注目する。その臨時回線は、本事件対策のために引かれたものである。つまり、この番号を知っている外部の人間は、魚釣島の人間のみだということを全員が知っていた。
「総理。魚釣島からです。」
先程からパソコンの操作やメールの読み上げなど、忙しなく動いている内閣調査室の職員が、スクリーンの端に設置されたおおよそこの部屋の調度品に不釣り合いな事務机から内閣総理大臣の宇部に促す。
宇部は、面倒そうに軽く手を上げて合図すると、卓上マイクを引き寄せて大きなスイッチを押した。子供の「ふくれっ面」のように見えなくもないが、深く動いた額の皺がその年輪を主張している。
「内閣総理大臣の宇部です。河田さん。馬鹿なことを止めて投降しなさい。」
今のところ出番のない山形陸幕長は、呑気に啜(すす)りかけたコーヒーを吹き出しそうになった。
「おいおい、カードを握っているのはあっちだぞ。」
加藤空幕長が、声を潜ませる。
毅然とした対応というのはこういうことだ。と言わんばかりに三幕僚達に向けられた総理の「どや顔」から、3色並んだ制服の男達が下を向いた。冗談にしては度が過ぎる総理の態度に吹き出しそうになるのを避けるためであったが、どうやら総理達政治家には、これまでの出過ぎた発言の反省と捉えたらしい。
「ふんっ」
益々自信を取り戻した総理が鼻を膨らまし、本革張りの大きな背もたれに横柄に身体を預けた。
-魚釣島、河田です。投降?我々が投降しなければならないほど状況が変化したとは思えませんが。。。というよりも、我々が知りえる限り、あなた方は何もしていないのと同じですね。
例えば、那覇を発進した2機のP-3C。演習の監視でもなさるんですか?これは演習ではない。魚釣島の我々を排除する。と侵略の意図を明確にした他国艦隊による領海侵犯だ。
あなた方政治家は、いつになったら国防というものを真面目に考えるんだ。-
棘(とげ)のある河田の言葉が徐々に語気を強めて行くのにつれて宇部の目の怒りの色が濃くなる。
「そもそも、あなたがこんなことをしなければ起こらなかったことだ。君は自衛官だったのではないですか?なぜ国に危機を及ぼすようなことをするのか?」
丁寧な言葉使いで、総理の威厳と余裕を見せているつもりが、語気の強さでそれは台無しになっていることに本人は気づいていない。
-だからこそ立ち上がった。現場を知っているからこそ立ち上がったのです。戦後70年もの長きに渡り平和であり続けたこの国は、平和であることを当たり前だと思ってきました。平和の対価には誰も目も向けない。いや、蓋をしてきたというべきでしょう。平和を享受しておきながら、「防衛力の行使」という臭いものには蓋をしてきました。だからいざというときの対応の仕方が決まっていない。撃たれてから初めて反撃できる。しかも正当防衛のレベルで、です。
正当防衛は、さらなる攻撃から自分を守るためのものです。我々が守るのは自分ではなくて、国民であり、国土であるはずです。
過酷な冷戦時代を通して現場の我々がどれだけ何事もないのことを祈り、ありがたいと思っていたか知っていますか?他国ではどの国でも当たり前のように整備されている交戦規定。いざという時の対処方法を決められていない我々は、相手が何も起こさないことを祈るしかなかったのです。
こんな状態で、今度は集団的自衛権を推進していますね。自国を守る法整備すら議論してこなかった我が国が、集団的自衛権など、、、笑止千万。
さあ、どうやってこの国を守るおつもりなんですか?
内閣総理大臣閣下-
打って変わって冷静に、それでいて力強く語る河田の声がスピーカーを通して人数に対して広すぎる会議室に響く。その声は冷徹さを含んで総理大臣をはじめ、要人達に響いた。陸海空3人の幕僚達を除いて。。。俯き加減の3人は、こみ上げてきたものを流し出そうとする目を上げることが出来いでいた。
「ですからP-3Cで領海侵犯を警告し、監視すると言っているんじゃないか。」
叩くように卓上マイクのボタンを押して憮然と答えた総理大臣は、ポケットから煙草の箱を取り出すと、忌々しげに1本口にくわえた。
-それで?中国艦隊が引き返すとお考えですか?
その当事者意識のなさが、まさに平和の対価を考えて来なかった証拠だ。侵略者には穏便に対応し、指一本触れず、威嚇さえできないくせに、いとも簡単に自国の艦船を攻撃しようとしている。2機のF-15のパイロットは、不憫ですな。。。
よろしい。もうあなた方には任せられない。-
F-15の事が河田の口から語られたとき、皆一様に顔をしかめた。落胆の溜め息さえ漏らす者もいた。
「待ちたまえ。君は、、、君は、何を勝手なことを言っているんだ。」
宇部の声が裏返り、額は脂汗で光沢さえ放っていた。3幕僚からは総理大臣の威厳が霞んで見えた。
(終わりだよ。総理。)
山本が誰にとではなく呟く。加藤と山形が小さく頷いた。
-総理は冗談がお好きなようですな。それとも唱えた通りに事が運ぶとお思いのロマンチストですかな。
勘違いも甚だしいですな。
魚釣島を実効支配しているのは我々だと言うことをまだ理解できないのですか?ー
「黙れっ!」
平手でテーブルを打つ音が何かが破裂したように甲高く部屋中に響く。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹