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尖閣~防人の末裔たち

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 河田達は犯罪者だ。テロリストなんだよ。だから我が国の法を犯したから逮捕する。というスタンスを示せばそれでいいんだ。そのために中国の軍艦を攻撃するなんてもっての外だ。海保長官。説明を」
 総理に指名されて立ち上がった海上保安庁長官は、得意げに咳払いをしてからスクリーンに向かって歩きながらゆっくりと口を開いた。
「河田とその一味、ここでは、その会社名から「河田水産」と呼ばせていただきますが、これまでの捜査の結果から、河田水産は、大量の武器の密輸、そしてそれを用いた当ヘリパイロットに対する殺人未遂、元陸上自衛隊員の殺害、拉致監禁、そして、魚釣島でのヘリ銃撃。不法占拠の容疑で逮捕します。現在、巡視船に武装した海上保安官50名を載せて魚釣島に向かわせています。彼らは、ゴムボートにて島を強襲。河田水産関係者全員を逮捕します。」
 指し棒の先にはスクリーンに魚釣島へ向かう3隻の巡視船があった。速力は25ノット(約47km/h)で急ぐ彼らは、10ノットで進む中国艦隊よりは早く魚釣島に到着する見込みだった。
「いくら中国でも海上保安官が上陸した島に攻撃を掛けるような真似はしないだろう。
 君らの考えも汲んで護衛艦への攻撃には猶予を与える。中国艦隊が領海侵犯するまでに連絡が付けば攻撃を中止する。それまでは、F-15を現場の空域に待機させてくれ。」
 総理が自信に満ちた声で言う。観閲式で挨拶を述べる時の声だった。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「ありがとうございます。」
 立ち上がった山本に続いて加藤、山形も立ち上がり、深々と頭を下げた。着席する音に紛れて「素人め」と呆れと怒りを込めて呟いた彼らの言葉は当然閣僚には届かない。

-ELBOW01,vector270,climb Angels10.Contact HeadQuater channel5.Read back.(エルボー01 方位260度、高度10,000フィート(約3,000m)まで上昇、チャンネル5で基地司令部と交信せよ、復唱どうぞ)-
「ELBOW01,vector270,climb Angels10.Contact HeadQuater channel5.」
-Read back is correct.Good Luck!久々の超低空飛行なんだろ?気をつけてな。-
「Thank you.ありがとうございます。行って来ます。」
 先輩の管制官に感謝を伝える。彼は、超低空飛行の訓練としか伝えられていない。目的は有事の際のF-15による洋上爆撃の検証だ。鳥谷部は、隊内無線に切り替えた。
「キョウジュ、しっかりECMを頼むぜ。」
「任せとけたっぷりチャフを撒いて眼つぶししてやるぜ。ウータンは集中してくれ。」
 キョウジュこと、高山の声がレシーバーに響く。
 あいつ、ワザと元気いい声出しやがって。そう言うのをカラ元気って言うんだ。辛いのは奴も一緒のはずなのに。いや、奴の方が危険かもしれない。
 ECM(Electronic Counter Measures)つまり電子対抗手段は、相手のレーダーや無線、電子機器などを妨害する手段で、レーダーや電子機器が欠かせない現代戦では、その攻撃とも防御ともつかない方法が、勝敗を左右する大きな要素となる。本来なら専門の機体を使用するところだが、要撃任務部隊つまり空中戦専門のF-15部隊で急遽編成された攻撃隊では、これが精いっぱいともいえた。鳥谷部、高山2機のコンビで行動し、鳥谷部が、Mk.82爆弾で護衛艦「あさゆき」を爆撃し、鳥谷部を「あさゆき」の対空攻撃から守るために、高山が「あさゆき」上空にチャフを撒いて「あさゆき」のレーダーを撹乱する。チャフは細かいアルミ箔のようなもので、レーダーの電波を反射させる。レーダーは直近で反射してくる電波を全周で捉え、真っ白になる。つまりこの場合、撹乱と言うよりも眼つぶしと言った方が分かりやすい表現だろう。しかし、電波妨害装置などの完全なECM装置を持たない「にわか作り」のこのチームは、チャフを撒くまでは、護衛艦「あさゆき」にとってはネギを背負った鴨同然だった。
 何年も前の事とはいえ、洋上攻撃の経験が豊富な鳥谷部は、単機で出撃することを提案したが、却下されたのだった。却下と言うよりは、行くと言ってきかなかった高山に司令も隊長も折れたといった方が正解かもしれない。
「司令部、こちらウータン。目標をキャッチ。これより低空飛行に移る。」
鳥谷部は、自分の声が上ずらないようにいつもよりも慎重にマイクに吹き込む。声が裏返りでもすれば物笑いの種だ。飛行隊内の今年の流行語大賞になりかねない。今のところ流行語大賞の優勝候補は、鳥谷部の「王手っ!」だった。しつこく繰り返すのがコツだ。
 ま、こんな状況をネタにする奴はいないだろうがな。。。なんで味方の艦を攻撃しなきゃならないんだ。あんなアルミだらけの貧弱な艦、どこに当てても「轟沈」しちまう。。。
 対艦攻撃もするF-1部隊にいた鳥谷部は、軍艦にも詳しかった。
「こちら司令部、攻撃命令は、待機命令に変わった。旋回して待機せよ。」
 待機と言う言葉に、一瞬安堵の息をもらしそうになったが、第83航空隊司令直々の声が、ただ事ではない状況を再認識させられた。
 この上から下まで特別編成された任務。。。この体制で行動するということは、攻撃命令が、司令から直接来る。躊躇する間もなく実行するしかない。しかも一部の人間しかこの事実を知らない。。。やることは同じだが、、、どこにも向けられない怒りが湧いて来る。
 落ちつけ。。。
 自分に言い聞かせるように、高山に合図を送ると鳥谷部は急降下するのを中断し、高山と編隊を組み直した。最小編成の攻撃隊の眼下には、いつもと変わらぬ海が水面に南陽の光を反射し鋭く輝いていた。

作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹