尖閣~防人の末裔たち
そう言ってくれ。「出来ない」と答えられる。そうすりゃ築城のF-2の出番になるかもしれん。
古橋は目を伏せたまま答えを待った。
「よくやりましたよ。ASM-1で攻撃する方がずっと現実的なんですけどね。船に引かれた目標相手によくやらされました。」
「そうか。。。」
呟くように答えた古橋の表情に苦悩が見て取れた。
「隊長。どうかしましたか?どこか痛むんですか?」
高山がいつになく元気の無い古橋を気遣い口を挟む。
「いや、大丈夫だ。司令が来たら、ブリーフィングを始めよう。」
俺は部下に不安を見透かされてるのか?こんなんでいざ実戦になったらどうするんだ?クソっ、俺は煙草が吸いたくなってきたぞ。副隊長から1本めぐんでもらうか。。。こんなんだから禁煙も上手くいかんのだっ。
古橋は、一度歯を食いしばると、フッと軽く息を吐いてから、顔を上げた。
腰を低くして加藤空幕長の元へ行き、メモを渡した紺色の制服の中年自衛官は、加藤の耳元で何か囁くと再び控え室へと踵を返した。
その部下が部屋から出るのを視界の隅で確認した加藤は、立ち上がってメモを忌々しげに一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「那覇からF-15が2機、離陸しました。」
閣僚側の席がざわめく。
「空幕長、攻撃命令を出したまえ。」
大きな背もたれの黒皮の椅子に、ふんぞり返るように身を預け直して総理大臣が命じた。その態度が口調にも現れているようで、制服組トップとも言われる、各幕僚長の頬が引きつった。
「まだ護衛艦「あさゆき」が河田の手の内にあると決まった訳じゃありません。」
白い制服が直立する。山本海上幕僚長だった。声は怒りに震えている。
「海幕長の言うとおりです。我々としても確認出来ていない相手を攻撃させる訳にはいきません。しかも相手は海自の護衛艦です。ギリギリまで攻撃を待つことは可能なんです。結果を待ってからでも十分です。
それはそれとして、築城のF-2戦闘機8機の準備を完了しています。全機ASM-2対艦ミサイルを4発ずつ搭載しています。尖閣諸島周辺の警戒を具申します。」
再び閣僚再度にざわめきが起こった。今度は批判的な言葉も混じっているのが分かるくらい大きなざわめきだった。
「おいっ、君は何を勝手なマネしてるんだ!そんな事をして中国が黙っている訳がないじゃないか!国を潰す気かっ!」
総理大臣はテーブルを叩いて立ち上がると、加藤空幕長を射るように指差しながら怒鳴った。激しい語気に口から唾が飛んでいるのが見えるような気がしてくる。
叩かれたテーブルが、合板ではない切り出しの木材の質の良さを、硬い音でアピールしているように響く。その音に全員が反射的に背筋を伸ばす。3人の制服の男達を除いては。。。
加藤は何食わぬ顔でゆっくりと総理の方に顔を向けると、親に悪戯を見つかった子供のように頭を掻いた。が、総理に向けた顔は、とても悪戯っ子のそれではなかった。
「総理。あなたは今、我々が国を潰すと仰いましたね。
では、あなた方政治家が、今やろうとしていることはどうなんですか?航空自衛隊の戦闘機で、海上自衛隊の護衛艦を沈めろ。と仰ってますよね。沈めるべき、もとい、向かうべき相手は魚釣島への攻撃を宣言し、領海に侵入しようとしている中国艦隊じゃないんですか?
あなたは何を守りたいんですか?」
冷静に獲物を見つめて突っ込む鷹のような視線が総理大臣の宇部を射る。長年戦闘機パイロット畑を歩んできた加藤の一撃必殺の研ぎ澄ました目に宇部が一瞬怯み、ゆっくりと腰を降ろした。威厳を保ちたいためか発した宇部の咳払いが虚しく響いた。
総理が怯んだとみた海上幕僚長の山本が、すかさず立ち上がって話を被せる。
「F-2戦闘機は1機に対艦ミサイルを4発も搭載できます。そんな戦闘機は他国にはありません。築城から飛ばしてもらえば8機で32発もの対艦ミサイルを運べるんです。これは艦隊を指揮する者にとっては脅威なんです。しかも中国艦隊は5隻。当然イージスもありません。32発ものミサイルを防ぐことは到底不可能と判断するはずです。十分に牽制できます。」
一気に畳みかけられそうになった宇部は、頷きながら幕僚長達の話を聞いていた防衛大臣を睨みつけた視線を山本に戻した。背もたれに悠然と体を預けたその態度だけは、話の脈絡と関係なく総理大臣のそれだった。
「言いたいことはそれだけか?「撃たれたら」だと?なぜそんな事を中国艦隊が考えるんだ。撃たれる訳がないだろう!それどころか中国に先制攻撃の口実を与えちまうだろっ!」
出来損ないの軍人どもめ。と言い掛けた口を閉じた宇部は、態度はともかく、頭に血が上って頬が上気し、野党在民党との国会討論の時よりも乱暴な言葉遣いになっていた。野党同様に自分の言っていることを理解しない人間は敵でしかないのだ。
「お言葉ですが、軍人は、常に「撃たれたら」ということを考えて行動するのが常識です。撃たれたら終わりだからです。
我々自衛官のように専守防衛を標榜とする者達は、この点について最も敏感なのです。なぜなら、撃たれるまで反撃できないからです。現代兵器は一発必中です。撃たれたら最後、反撃もできずに壊滅する。つまり撃たれたら国を守ることが出来ないということなのです。
撃たれる前に撃つ。これが世界の常識なのです。
しかし、それが出来ないのは理解しています。ですから、我々は守り通す・本気で撃つ用意がある。という意志を示すだけでいいんです。撃たなくていいんです。F-2を出させてください。」
陸上幕僚長の山形が体型に似合わず丁寧に身振りを加えてゆっくりと諭すように語った。皺の寄る余地もないほど突っ張った深緑の制服がジェスチャーに合わせて今にも破れそうだった。
陸海空三自衛隊のトップの強弱硬軟の言葉にさすがのワンマン総理も声を落とした。
「言いたいことは良く分かった。確かに私は軍事の専門家ではない。
しかし、連絡の取れない護衛艦が現場にいて、指揮系統が河田に乗っ取られているというのが現状だ。その艦長の梅沢2等海佐は、僚艦の艦長の息子が中国の公船に撃たれたと思っているんじゃないのかね。彼は情に厚い男だと聞いている。彼の心境なら中国艦隊に対艦ミサイルを撃ちかねない。そうじゃないのかね?海幕長?」
総理は梅沢艦長の情報が載っているらしい一枚の紙を手に持ち、時には激しく振りながら再び語気を強めた。
「しかしそれは、河田の漁船から発砲されたことが判明したんですよね。」
山本が総理に目を向ける。
「その事実は、あなた方はこの場に来て初めて知った訳ですから、当然艦長は知りませんよね?」
海上保安庁長官が口を挟んだ。山本に向けられた目がしてやったりという表情に見えるのは、心のどこかで未だに両者を犬猿の仲だと思っている証拠なのか。。。
「そういうことだろ?海幕長。父親だけでなく、僚艦の艦長も艦から降ろすべきだったな。」
総理が両肘をテーブルに着いて組んだ手の上にしたり顔を載せる。
「領海侵犯をしたからといって、中国艦隊に対艦ミサイルを撃つわけにはいかんのだ。例え一方的に魚釣島に攻撃を掛けても、だ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹