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尖閣~防人の末裔たち

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62.最小編成


「「おおよど」、こちら魚釣島。」
レシーバーにバリトンの声が低く響く
「魚釣島、こちら「おおよど」広田。送れ」
広田は、タブレットを左手に持ちかえて神経質そうにヘッドセットのマイクを口元に寄せる。45歳という割には皺のない広い額が、陽光を反射する。
「今、長官と代わります。そのままお待ちください。」
 ハウリングに近い雑音に一瞬顔をしかめた広田だが、長官に取り次がれるとあっては、不用意にヘッドセットを外す訳にはいかない。そんな我慢も束の間、ヘッドセットを外す間もなく、河田の声が凛と響く。
「御苦労。河田だ。」
「ハッ。広田です。」
 反射的に背筋を正した広田が次の言葉を待つ。百戦錬磨の元自衛官を中心に組織された河田達の集団にあって、広田は珍しく軟弱に見えた。それもそのはず、広田は、長年研究開発を主体の業務についていたのだった。彼は主にシステム構築に携わってきたことから、河田と共に海上自衛隊のCICシステムをハッキングすることが可能な「鷹の目」を開発したのだった。
 「鷹の目」は彼らの現役時代の知識と密かに入手した試作品による産物であり、最新のイージス艦のようなリンク16には対応していないが、現在、彼らが完全に「電子的な支配下」に置いている護衛艦「あさゆき」が搭載しているリンク14は、まさに赤子の手を捻る様な容易さだった。
「中国艦隊が25分後には領海を侵犯する。3号作戦として政府に警告を発したが政府は毅然とした対応を取れないだろう。よって、4号作戦へ進む可能性は極めて高い。しかし、先に警告した通り、乗っ取られた「しまかぜ」が,そちらに接近中だ。沈めてもいい。とにかく今後1時間は、「あさゆき」の「電子的支配」を死守して欲しい。」
 河田の命令は、いつも腹に落ちるように染み渡る。状況、内容、そして目的、注意点。全てを適度に伝えてくれるからだ。だから、河田の「死守せよ。」には、自分の意味を見出すことができる。普通の指揮官ならば、「「しまかぜ」を排除せよ。死守せよ。」で終わりだ。そんな命令で、なぜ?、どうして?も分からず効果的に戦えるものか。
 きっとこれが最後の戦いになる。河田長官の部下で良かった。
「了解。死守します。」
 ゆっくりと目を閉じて答えた広田の顔には、安らかな笑顔さえ浮かんでいた。
 さあ来い。邪魔はさせん。
 タブレットを置いた広田がM-16A1のチャージングハンドルを引くと金属が触れ合う小気味良い音を発して1発目がチャンバーに送り込まれた。
 あとは引き金を引くだけで弾は出る。セレクターをフルオートにすれば、あっという間に弾倉(マガジン)の20発は空になる。奴らは蜂の巣だ。ジャーナリストにしては、ここまで良くやってきたが、所詮は素人だ。
 水平線に突き出た針のようなマストの先端が見えた気がした。
 
「ったく、人使いが荒いよあな~。なんで今から訓練なんだ?今日はスクランブルに上がったんだぜ。しかも特別訓練ってなんなんだ?」
 鳥谷部が溜息混じりに言う。吐く息に合わせて鼻の穴が大きく膨らんだ。
「そう言うなよ。飛ぶのは嫌いじゃないだろ?ウータン。さしずめ今日の領空侵犯のフィードバックじゃないのか?」
 高山が悪戯ぽい笑みを浮かべて、鳥谷部の肩を軽く小突いた。ウータンは、鳥谷部のタックネームで、パイロットとしての渾名のようなものだ。空中では、氏名や階級ではなく、このタックネームを用いている。
「飛ぶのは好きさ。嫌いなわけないだろう。しょうもないこと聞くなよキョウジュ。お前だってそうだろ?」
「そりゃそうだ。税金で空を飛ばさせてもらってるんだ。贅沢を言っちゃいかんよ。帰ったらビール奢るからさ、機嫌直せ。」
 キョウジュこと高山が、なだめるように言い、ブリーフィングルームの扉を開けた。他の隊員たちは午後の訓練に出ているため、食堂のように4人掛けのテーブルが並んだ室内には誰もいない。2人は部屋の奥にある隊長室の扉の前で立ち止まると、踵を揃えた。 
「入れ」
 ノックした鳥谷部に部屋の中から204飛行隊長の古橋雅人2等空佐の声が即座に返ってきた。いつものような覇気が感じられないのは気のせいだろうか?一瞬、鳥谷部は、高山と顔を見合わせる。明らかに様子が変だ。
 先を促す用にドアに目線を投げた高山に、頷いてみせると、鳥谷部は、一気にドアを開けた。
「失礼します。鳥谷部、高山両2尉。特別訓練のブリーフィング願います。」
 不安を打ち消すかのように思い切りよく申告する。が、向き合って立ち上がった飛行隊長、古橋2佐の表情は優れない。いつもは胸を張ってドスの利いた声でいながらおおらかな口調で部下に語りかけ、時には叱咤し、時には親父ギャグを発するその口は、硬く閉ざされてへの字に歪む。そして、俯(うつむ)き加減の表情は、健康的な彼の日常とはまるで正反対の慢性的に胃でも痛めているような人物に見えた。
「そこに座ってくれ。今、司令を呼ぶ。」
 えっ?何で司令を?
 2人は互いに顔を見合わせたが、古橋飛行隊長の態度が尋常でないだけに、言葉にして状況を確認することはためらった。
 2人は、デザインは古く色あせているが、その艶から、よく手入れの行き届いていることがひと目で分かる応接セットに座った。
 古橋は、部下達が大人しくソファーに腰掛けたのを見届けると、自分のデスクに戻って内線電話に手を掛けた。
「はい。それは私の方から。それを司令からというのは。。。いえ、はい。そうですか。。。では司令から。分かりました。お待ちしています。」
 古い黒電話を流用したような重厚に黒光りする内線電話の受話器をゆっくりと戻すと。古橋は少しホッとしたような表情を漏らした。
「鳥谷部、お前、F-1時代に洋上目標の爆撃訓練をしたことは無いよな?」
 古橋が、鳥谷部の向かいにゆっくりと腰掛けながら聞いた。まるで、訓練していないと言って欲しいような言い方だった。数年前に退役したF-1支援戦闘機は、三菱の設計による国産初の超音速ジェット戦闘機で、「支援」という名前でお茶を濁しているが、爆弾やロケット弾で地上を攻撃し、洋上の目標には、国産の空対艦ミサイルASM-1で攻撃する。特に、この対艦ミサイルとF-1の組み合わせは、他国も羨む装備と言われていた。F-1の後継機が、アメリカのF-16戦闘機をベースとしたF-2だと言われればその用途が分かりやすいであろう。要は、世界から見れば立派な戦闘攻撃機なのである。
 鳥谷部は、そのF-1支援戦闘機部隊の「最後の若手」として、F-1の引退まで操縦桿を握った後、後継の支援戦闘機F-2部隊ではなく、空中戦専門とも言えるF-15部隊に転属となった変わり種だった。その理由が、いくつもの戦技競技会において非力なF-1でF-15を翻弄してきた空戦技術を買われた為であることを鳥谷部自身は知らない。
 古橋は、そんな鳥谷部を買っている人物の1人だった。かつて、F-15で編成された敵役専門の教官部隊「飛行教導隊」のパイロットをしていた頃、演習で鳥谷部に撃墜されたことがあったのだった。鳥谷部本人は当然気づいていない。
 洋上爆撃の訓練などやったことがない。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹