尖閣~防人の末裔たち
あまりにも政府を挑発する言葉の羅列に、読み上げる内閣調査室職員の声は徐々に抑揚が無くなり、後半は、棒読みになっていた。空調の効いた部屋で内容に時折顔をしかめつつも誰もが涼しい顔をしている中、汗を拭きながら読み上げ続ける様は、ある意味この国の官僚的上下関係の縮図のようで滑稽でもあった。
「もういい。そのメールを引っ込めろ。何が「国家としてのありようだ?」元自衛官が生意気なことを抜かしおって!奴らに政治の何が分かるっ!」
甲高い宇部総理の怒声が響く。
「現場から言わせてもらえば、防衛については、彼の言うとおりですな。その他は分かりませんが。」
山本が手を軽く上げて発言した。
「我々なんかは、災害派遣が主任務になってる。島嶼防衛の訓練しようとすると海外に睨まれ、市街地で移動訓練をやれば、平和団体に扇動された市民に囲まれる。何なんでしょうね我々は。」
呆れたように山形陸幕長が手にした書類を投げ出す。何万人もの部下の前では決して見せることのない投げやりな態度だ。
「ウチなんて、あんな距離まで接近して、撃たれるまで何もするな。こんなこと国民には言えませんが、相手が東京の真上を飛ぼうが、警告射撃すらできない。相手がどんな行動をして、どこまで入り込もうが自分が撃たれなきゃ相手には手を出せない。しかも撃たれれば反撃する間もなく火だるまです。警官と犯人の撃ちあいじゃないんでね。今はミサイルの時代ですがね。」
政府関係者に口を挟まれぬように加藤空幕長が矢継ぎ早に言葉を継いだ。
「おいっ、君達止めんか。」
防衛関係者と一線を画すように、あまりにも幕僚長達から離れたテーブルの防衛大臣が、手の平で制する。
「そうだ。君達の意見なんか聞いてないんだよ。私の言うとおりに動けばいいんだっ。それがシビリアン・コントロールだ。
勝手に動くからこんなことになるんだよっ。少しは反省しろっ。」
宇部総理が、甲高い声でまくし立てる。
「では、どのように動けば良いですか?ご命令ください。最高司令官殿。
それに、、、お言葉ですが、河田さんは、「元」自衛官です。我々とは関係ありません。」
まだ、この男は事の本質を理解していないのか。。。
機敏に立ち上がり、姿勢を正した山本が、総理に挑むような眼差しを送る。
「うるさいっ。君達は黙ってろっ!
何で俺の代にこんなことを起こすんだっ。衆議院の解散総選挙だって昨日発表してしまったのに。」
宇部総理が立ち上がって幕僚長達を指差し、睨んだ。
観閲式や防衛大学の卒業式。。。様々な式典で宇部総理が現場の自衛官達へ向けた数々の言葉は、所詮上辺だけの美辞麗句だったということか。。。所詮政治家は政権と利権欲しさということか。。。
「結局はそこなんですか?状況を理解してください。
あと30分で中国艦隊が領海に入ると言ってるんです。総理ご指示をっ。
君、海図を出してくれ。あるんだろう?船舶・航空機の状況が分かる海図が。」
睨みつける宇部総理から目を離さずに再び立ち上がった山本は、パソコンを操作していた内閣調査室職員に声を荒げた。
内閣調査室長が、職員に顎をしゃくる。出せ、という指示だ。
飼い犬に噛まれたかのように呆気にとられて言葉なく見つめる総理や防衛大臣を始めとした閣僚達に対して、海上保安庁や内閣調査室の職員達の動きは素早い。
この国が、如何に現場の職員の機転で回ってきたかという証左かもしれないな。
お互い宮仕えは辛いな。。。
スクリーンに海図が出てくると、山本は、内閣調査室長に目礼すると立ち上がり、スクリーンに立った。
「現在、我々の配置で通常と異なるのは、ここ、石垣島と尖閣諸島の中間に配置している1隻の護衛艦です。7月から2隻配置して来ましたが、人事上の都合で、今回は、護衛艦「あさゆき」1隻のみが展開しています。この「あさゆき」とは無線連絡が取れない状況です。CICシステム。あ、つまりデータリンクシステムですが、これも接続できていません。」
「何で、それに気付かんかったのかね。」
防衛大臣が、重箱の隅をつつくような事を言う。
これだから政治家は。。。今は責任の所在を云々する時じゃない。
「データリンクについては、接続エラーが出ていませんでした。あの艦は、接続したフリをしていてエラーを出さなかったのです。このため、気付いたのは20分程前です。無線が使えない上、データリンクを通した指示も出来ません。電話やメールなどの一般衛星通信も応答なしです。」
「何っ、どうなっているんだね。」
総理が身を乗り出す。
「調査を始めたばかりで詳細は不明ですが、空自の電子測定隊による午前中の定期パトロールの際に収集した電波を解析したところ、「あさゆき」は、どこかとデータリンク通信をしているような形跡がありました。」
尖閣諸島の緊張状態の長期化に伴い、航空自衛隊は入間基地に所属する電子測定隊のYS-11EBを2機、那覇基地に派遣し、定期パトロールと称して、この地域の通信・レーダーなど、あらゆる電波情報収集していた。電波情報、特に量の変化は、即ち周辺諸国の軍隊の行動に変化が起こる可能性があるからだ。YS-11EBは、1962年に初飛行した戦後初の国産旅客機YS-11を改造したものだった。国内の民間航空各社、自衛隊、海上保安庁はおろか、アメリカやアフリカにまで輸出されたが、旧式の為、現在、国内では自衛隊が使用するのみである。
「どこかというのは?」
総理の声には先程までの覇気は無い。自分が怒鳴るだけではどうにもならない。野党との論戦とは異質の難しさにやっと気付いたのだろう。
「魚釣島付近の巡視船に、自衛隊から頂いたデータリンクの周波数を測定させたところ、どうもこの周波数は魚釣島から発信しているようなのです。デジタルなので内容は不明ですが、電波は、この島を指向しているとのことです。」
ゆっくりと立ち上がった海上保安庁長官がメモを読み上げる。
「おいおい、まさか、その「あさ」なんとかいう護衛艦が、河田に操られている、というのか?」
総理がテーブルの上に投げ出していた手を強く握りしめた。
「それを使って、我々に「お手本」を見せる。ということなのかもしれません。なるほど、あの人の得意分野だ。」
してやられた。。。
しかし、一体誰がCICに仕掛けを?
苦虫を噛み潰したような表情で、山本も拳を握った。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹