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尖閣~防人の末裔たち

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61.目的


 午後2時45分、頂点を過ぎた夏の陽が、残暑の熱で容赦なく路面を焼き付ける中、後部座席の窓を白いレースのカーテンで覆った黒塗りのセンチュリーが、首相官邸の石造りのスロープを滑るように進みエントランスの前で停車した。一般に言う高級車よりも幅が広く、重厚な外観はもとより、格段に乗り心地の良いその車は、車内のカーテンを揺らすことはない。まさに車自体が別格なのだ。
 エントランスに立った背筋の良いダークスーツの男が素早くドアを開けて恭しく一礼した。何の反応も示さず降りて歩き去る男をフラッシュの機関銃のような連射音と光が追う。ダークスーツの男がドアを閉める硬く質感のある音がそこに混ざる。
 続いて、同じく黒塗りの旧式クラウンがボディーを傾けながらロータリーを回りながらスロープに滑り込む。外国の街を走る車のナンバーのように記号と数字だけで横長のナンバーを付けたその車は、先ほどのセンチュリーに勝るとも劣らないほど磨き上げられてはいたが、車格の違いは否めない。
 クラウンの後部座席のドアを開けたダークスーツの男に、会釈をしながら男が次々と降り立つ、3人目の男が降り立つまで、車はゆらゆらと揺れ続けていた。一般的には高級車ではあっても、大の男3人には当然狭い。
 3人は、お互いが揃ったのを確認すると、誰からともなく建物の中へと歩き始めた。2歩目から歩調がぴったりに合っている初老の男達。白、濃紺、濃緑色、それぞれ異なる色の制服を纏(まと)い。制帽を被りなおした彼らに向けられるカメラは殆んど無かった。

「防衛大臣は先に行っちゃったのかな」
 深い絨毯と高い天井の廊下を一糸乱れぬ歩調で進む3人のうち、初めに口を開いたのは中央から半身分突出して進む白い制服の男、海上自衛隊トップの海上幕僚長を務める山本正夫海将だった。痩身で凛とした雰囲気に似合わず、とぼけた口調だ。
「ハハハ、とぼけなさんな。我々と一緒にされるのが嫌なんだよ。大臣は。だって暴れてるのは我々のOBだろ?」
 年齢に似合わず逞しく、それでいて年齢相応の腹の膨らみが複合して、たるみ無く張った濃緑色の制服を揺らして、陸上自衛隊の最高指揮官である陸上幕僚長の山形登陸将が笑う。
「さすがは、政治家の先生だ。自己保身に長けている。その知恵を少しでも防衛に向けてくれれば助かるんだが、それはそうと、我々の先輩。というよりは、五十六さんの先輩だろ?」
 斜めに構えた様な口調で客観的に語っているつもりの濃紺の制服の男は、航空幕僚長の加藤健二空将だ。彼は他の2人同様航空自衛隊の最高指揮官であり、この年齢でも逆三角形の体形を維持する根っからのパイロットだった。彼曰く、年に数回は、技量維持のため飛んでいるという。
 海将、空将、陸将。いずれも一般の軍隊なら大将に相当する3人の陸海空三自衛隊のトップは、奇遇にも防衛大学校時代の同期生だった。その時代から、「三羽ガラス」、「三馬鹿トリオ」などなど、およそ「3人」の付く言葉で揶揄され、たまに成果を出すと「三人集まりゃ文殊の知恵」とからかわれるくらい仲の良い男達だった。加藤に「五十六」と呼ばれた山本は、勿論、同じ名字の有名人、自らは日米開戦に反対しながらも真珠湾攻撃を成功させた旧日本海軍元帥、山本五十六から名付けられたあだ名だ。
「ま、確かに、首謀者はウチの出身だが、皆さんのトコからも随分優秀なOBを出してるらしいじゃないか。」
 山本が探るような眼差しを加藤に向けた。
「ま、ウチは「勇猛果敢・支離滅裂」だからね。。。
ま、そういう人材もいないと、「伝統墨守・唯我独尊」だけの集団では事を起こすのは難しいといったところだろ。」
 加藤空将が苦笑しながら返す。
「それを言うなら「用意周到・動脈硬化」だっているから成り立ってるんだよ。要は、バランスさ、バランス。」
 俗に言う<自衛隊四字熟語>の応酬に自分も加わると、2人の肩をポンと叩いて陸上自衛隊の制服を窮屈そうに着た山形が豪快に笑う。ハチキレそうな制服だが、トップとはいえ、オーダーメイドの制服などあり得ない。
「違いない。」
 3人の笑い声が廊下に響く、長い毛の絨毯がその反響を吸収してくれているのか、いつもの防衛省の廊下ほど騒々しくはならないが。。。
「お静かに願います。そこを左に曲がってすぐのお部屋で総理がお待ちです。」
 やっと会話の後目を見つけたのか、後ろから着いてきた案内のダークスーツの男が割り込む。
「おっ、これは失礼。我々は、裁かれに行くようなものだからね。」
 山本が肩を竦(すく)める。その語尾に彼を含め全員が表情を引き締める。<防衛庁>から<防衛省>へと悲願の省昇格を果たしてまだ数年、もしかしたら、世界的に「言葉遊び」と馬鹿にされている<自衛隊>から<国防軍>へと呼び名が昇格する「夢」が現実に近づいてきたことを実感していた時期だけに、この事件が及ぼす影響は深刻であった。
 
 どんな大きさの調度品でも通せるような木目調の大きなドアが開くと、
「陸海空自衛隊の幕僚長がお見えになりました。」
ダークスーツの男が一礼した。ボディーガードも務める大柄な彼でも小さく見えるそのドアから、「失礼します。」と3人が一礼する。合図したわけでもなく自然と揃って下げられた頭が上げられると、ダークスーツの男が、スクリーン脇のテーブルに案内する。会議室というよりは、ちょっとした結婚披露宴の会場のような広さの部屋の正面に設けられたスクリーンは、畳4枚分はある。テーブルの前で揃って一礼した3人は、そのまま腰を降ろした。
「君達はこのことを知っていたんじゃないのかね?」
 不躾に声を荒げた男が、書類の束でテーブルを叩いた。
 声の主は、60代前半にしては猫背それでいて年齢にしては豊かな黒髪ゆえに白髪が筋のように目立つ痩身のその男は、自衛隊の良き理解者として知られ、国内の平和団体や、海外の一部に言わせれば「日本を右傾化している」内閣総理大臣の宇部晋太郎だった。
 その言動と行動を気にも留めず白い制服の山本海上幕僚長兼統合幕僚長が立ち上がり、室内の視線が集中する。
「いえ、そんなことは御座いません。そちらに御臨席の海上保安庁の皆さんの方がお詳しいかと。」
 結局は保身か。。。下々の独走。という形にしたいんだな。。。
 自衛隊の観閲式や、防衛大学校の祝辞の時とはまるで別人の宇部総理の態度に、最近白熱している民権党との「なすり合い」が重なり、山本の言動が本人ならずとも冷笑を含んでいることが場に伝わる。
「おいっ、君は、我々が隠していたとでも言うんですか?」
 総理いや、総理のみならず与党在民党の保身の生け贄(にえ)に担ぎ出されそうになった海上保安庁長官が、もがく様に立ち上がった。その必死な形相と、山本を指さして怒鳴る態度に、殆どの人は呆れ、ある人は巻き添えを恐れて視線を逸らした。その中で総理は、獲物を見つけた猛禽の様に海上保安庁長官を睨み、防衛大臣は、同格になって、劣等感を感じる必要がなくなったからか、海上保安庁の所轄大臣である国土交通大臣の反応を他人事の様に窺う。
 コイツも所詮は政治家ということか。。。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹