尖閣~防人の末裔たち
もし、相手が一度に複数のミサイルを撃ってきたなら。。。単独行動のこの艦は持ち堪える事はできないだろう。
しかし。。。
梅沢の脳裏に炎に包まれる巡視船の白い船体が浮かぶ。。。
無抵抗の巡視船への理不尽な攻撃に、不安を超えて怒りが溢れてくる。
まだ現場には巡視船が2隻いる。機関砲しか持たない彼らが攻撃を受ければ、1隻目同様ひとたまりもない。現場に急行するには、時間も、命令も。。。ない。
中国艦隊にとって、石垣島と尖閣諸島の中間に位置する本艦を狙うメリットはない。巡視船を撃沈されても、反撃が出来ない護衛艦など、彼らにとっては員数外。ということだろう。間違いなく残りの巡視船を攻撃してくるはずだ。。。
彼らを救うには。。。
梅沢が視線を移した先には、対艦ミサイル「ハープーン」の制御卓があった。そこには、卓に両肘をつき、組んだ手の上に顎を載せて、微動だにしない担当幹部の姿が見えた。
「500万ヒットを超えました。」
インターネットの動画投稿サイトを監視していた水野が河田に言った。声には熱が籠もっている。平日の昼間にしては多すぎる数だ。
河田は、ゆっくり、そして深く頷いてみせると、声を張り上げた。
「よし、始めようじゃないか。
第2段階、始め!」
「了解。アップロード」
準備万端で河田の言葉を待っていた水野は、クリックひとつで、アップロードを開始した。
古川達を乗せた河田水産の高速船「しまかぜ」は元護衛艦「いそゆき」艦長、倉田2等海佐の操船で着実に「おおよど」との間合いを詰めていた。
「もう少しで、奴らに追いつきます。護衛艦「あさゆき」に張り付いていなければならない奴らの漁船「おおよど」でしたっけ。そうその船は、「あさゆき」が本気の速度を出さない限り、我々から逃げることはできない。もっとも、「おおよど」という漁船がどれだけの速度を出せるか知りませんが、「あさゆき」が本気で加速したなら、すぐさまおいて行かれるでしょうけど。」
前方と、タブレット端末を忙しなく見比べている古川に倉田が語りかけた。もっとも本人の意に反して、エンジン音と飛沫に負けじと、語りかけるよりは怒鳴り声のような口調になっていた。
「そうですね。後は祈るだけです。」
古川が怒鳴り返したところで、ポケットに振動を感じた。ポケットに手を添えて、バイブレータの振動を確認した古川は、素早くポケットに手を入れた。ポケットから出た衛生携帯電話が、周囲の騒音に負けじと甲高い音を響かせた。
「はい、古川です。」
どこかで見覚えのある番号に、応える古川の声に警戒と憂鬱が混じった。今は、電話に出ている場合じゃあない。
-しばらくだったな。お前のことは、権田から聞いてるよ。権田がお世話になってます。-
「あっ、岡村さん。お久しぶりです。お元気でしたか?」
懐かしい声に、古川の顔から険しさが消えた。紛れもなく権田と仕事を組んでいた。というよりは、権田の弟子として働いていた頃の上司の声だった。
そうだよな。さっき権田さんが電話していたもんな。そもそもレンタルで借りているこの衛生携帯電話の番号を知っているのは、ごくわずかだ。ということに古川は今更ながら苦笑した。
「権田さんに代わりますね。」
今は昔話をしている場合じゃない。情報を売り物にしている新聞社ならなおのことだ。それは現役の先方なら百も承知。何よりも、記憶にある彼に似合わない早口がそれを肯定していた。非礼にはあたらないはずだ。
-すまない。後でゆっくり飲みに行こう。-
「はい。よろしくお願いします。」
相手に合わせて口早に言葉を交わしながら、手を挙げて権田を呼んだ。
「おっとっと、サンキュー。デッカいんだよな~、コレ。」
「はい、権田です。」
慌てて受け取り損ねて落としそうになった衛生携帯電話を握りなおす。確かに普段使い慣れている携帯電話よりは、大きく、重い。文句も早口で程々にして電話に出た権田は、本能的に時間を惜しむマインドに入っているのだろう。
「えっ、そうなんですかっ?いえ、まだ見てません。こんな海の真ん中じゃネットは見れませんから。テレビでやる?今から?」
と大声で電話で話しながらキャビンの方へ足早に駆けだした。古川の脇に来ると権田が電話のスピーカーを押さえて「テレビ!」と叫んだ。
「ちょっと、テレビを確認します。」
車のハンドルよりも直径の小さな舵輪を操る倉田に、声を掛けると、
キャビンの小さなドアを開けて権田を通した。
危うく頭をぶつけるところだった。。。
古川は、権田が屈みながら入るのを見て、そのドアの低さを気にしていなかった自分に、権田以上に慌てていることを感じた。
「産日をつけてくれっ。
あ、いや、こっちの話です。見終わったらすぐに電話します。」
リモコンを手にした古川に言うと、権田は終話ボタンを押して、海図の乗ったテーブルの上に衛生携帯電話を丁寧に置くゴトリという一般の携帯電話やスマートフォンとは違う質量感のある音が、液晶テレビ特有の画面が点くまでの間を埋めた。
真っ黒立った画面がパッと明るくなった時、よく見る顔のニュースキャスターが説明を終えて口を結んだ所だった。音声が無いのか、ボリュームが小さいのか、古川は反射的に音量を操作した。画面下に小さな黄緑色の四角いバーと数字が表示され、音量が「15」であることを示していた。
画面が切り替わっても音量の表示はまだ点いている。その後ろに吹き替えであろう字幕の白い文字が隠れてしまっていて、今度は音量表示が邪魔で仕方がない。放置すればいずれ消えるのだが、パソコンの用に「エスケープ」のような機能が無いのか、いつも思う不満が、まとめて吹き出しそうになる。
画面は中国のニュース番組の抜粋のようだった。赤いネクタイでまくし立てるように喋る男の隣には尖閣諸島と魚釣島が拡大された地図が映っている。島の名前は「釣魚島」と表記されていた。
-我が国の魚釣島に日本人武装集団が上陸、占拠している。
現在、日本政府に抗議し、釈明を求めているが、これは我が国に対する明確な侵略あるいはテロ行為である。
政府は、海軍に対して艦隊の出動を命じた。侵略の場合は、「我が国の国防」、テロの場合は、「我が国の治安」の問題であり、いずれについても、日本によって驚異を受けている状況である。日本は再び加害者になろうとしている。-
音量表示が消えて、やっと読めるようになった字幕は、中国の最後通牒ともとれる一方的な文字の羅列でしかなかった。
「何を勝手なことをっ!だから何だってい、」
権田が、テーブルを叩くが、重い衛生携帯電話は微動だにせず、海図に書き込みをする色鉛筆だけが跳ねて軽い音を立てた。
「しっ、静かに」
ニュースの画面が急に中国艦隊の動画に変わり、何か日本語が来越え始めた。
権田の言葉を鋭い言葉で制した古川は、先輩への言葉遣いを気にしている場合じゃない、と自分に言い訳しながら、画面を指さして権田に頭を下げた。
-日本国民のみなさん。私は、魚釣島の河田です。先ほど御覧頂いたのは中国のニュース番組です。
つまり、今回の私達の行動について中国政府が発表した正式な意思表示です。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹