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尖閣~防人の末裔たち

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60.民意


「警報。ミサイル。中国艦隊がミサイルを発射。数、2(ふた)発」
 CICのレーダー監視を担当する坂木の声が裏返る。
「何っ!目標は?」
 坂木の上官にあたるベテランの根本2等海尉とかつては恩師でもあり、上官だった河田について話込んでいた艦長の梅沢が怒鳴るように声をあげた。
「目標は、魚釣島、、、もとい、巡視船。。。」
 坂木は、手元の画面で繰り広げられる信じられない光景に絶句した。
 その画面を覗き込む梅沢の目の前で、「PLH Zaou」(ヘリコプター搭載巡視船「ざおう」の意)とコメントされた船型のアイコンに真っ直ぐ向かう2つの輝点が瞬く間に近づいていく
「艦長っ。間に合いません。」
 同じように画面を目にした根本が声を押し殺す。3人とも目は画面に釘付けだった。CIC室内の全員が固唾を飲んでいるのが感じられた。 2つの輝点のうち、1つが途中で消え、一瞬小さな歓声が漏れたが、残りの1つの輝点は、消える気配もなく海上保安庁巡視船「ざおう」を示すアイコンに重なり、両者とも画面から消滅した。
「轟沈。。。」
 その意味を嫌と言うほど訓練で目にしてきた彼ら。。。今回は現実として起こったその悲劇にどこからともなく溜息が漏れた。
「CICシステムで打電。
-中国海軍駆逐艦が対艦ミサイル2発発射、領海内にて海保巡視船「ざおう」轟沈す。-
だ。」
「了解。」
「艦内放送。繋げ。」
 梅沢は短く命じると、黒電話の受話器の様な送受話器を握った。
「艦長より、達する。
魚釣島の領海内において海保巡視船が中国海軍の艦艇によるミサイル攻撃により撃沈された模様。繰り返す。海上保安庁の巡視船がミサイルにより撃沈された。これは演習にあらず。
総員第1哨戒配備。対空警戒を厳となせ。対空戦闘部署発動」
 努めて冷静に命令したつもりだったが、送受話器を置いて息を吐いた強さにその怒りが現れていた。
 出港中の護衛艦は、常に哨戒配備がとられているが、その要員体制は状況に合わせて第1配備から第3配備の3段階に分けられている。第1哨戒配備とは、交替要員なしで全員が事にあたる戦闘配置とほぼ同等の配置である。が、あくまで哨戒つまり見張りの指示である。
 一方で対空戦闘部署を発動している矛盾を指摘する者はいない。対空戦闘は、自衛の為の行動である。しかも自艦のみを「自衛」する正当防衛の範囲。自分の判断で武器使用を許されているのは正当防衛のみ。。。
 まさに「自衛」隊、、、自分を衛(まも)る隊か、、、皮肉なモノだ。。。
 自国の船舶が攻撃されても現場の判断で反撃できない。
 梅沢は自分の鼓動が怒りで高まるのを感じた。
「艦隊司令部への打電はどうしますか?」
 梅沢が戦闘配置を指示できないもどかしさに苛立ちを必死で隠しているのを感じ取った根本が声を掛けた。梅沢が熱くなりやすい性格であることをベテランの根本は熟知していた。電波妨害で無線が使えないとはいえまだCICシステムは生きていて、文字によるデータ通信は健在だ。艦長といえども1人ではないことを再認識することで、多少は落ち着くはずだ。ましてや、目の前で無力な巡視船が撃沈されている。
奴らは護衛艦による反撃を恐れていない、いや、反撃できないと高をくくっているのかもしれない。。。
いずれにしても。。。長年海上自衛隊で仕事をしてきた俺でさえ、頭にきている。。。
 根本は、握りしめて皮膚が張ってもなお深い皺が目立つ拳に自分のネイビー(海軍軍人)としての年輪を見つめていた目をそっと
上げて、ゆっくりと言葉を継いだ
「艦長?」
「おっ、失礼。まずは現状報告だ。
魚釣島の領海内において海保巡視船が中国海軍の艦艇によるミサイル攻撃により撃沈された模様。海保に状況を確認されたし。
以上だ。
こっちの意見具申は、すぐ後に送る。先ずは状況報告。急げっ」
 梅沢が独断で行動する意志のないことを確認した根本は、気づかれない程度に弱く安堵の吐息を漏らすと
「了解。」
 と力強く答え、キーボードの上に老練の指を泳がる。リターンキーを押す指に思わず力が入り、乾いた音が耳障りに響いた。
「シースパロー準備完了、データ入力待機中。」
「CIWS(シウス)、CICレーダー管制連動開始。」
「主砲、火器管制装置。対空モードで待機中。」
艦長と根本のやり取りが終わるのを待っていたかのように各部署からの報告が一斉に届く。
 「シースパロー」は、F-4ファントムやF-15イーグルなど、多くの西側戦闘機に搭載されたベストセラーのレーダー誘導空対空ミサイル「スパロー」の艦載型であり、それが箱状のランチャーに8発納められている。ランチャー自体は、戦車や軍艦の主砲のように旋回し、最適な方向で目標を迎え撃つ。
 「CIWS」は、Close in Weapon Systemの略である、日本語では「近接防御システム」とも呼ばれ、最も内側の防御を行う。日本の護衛艦には、アメリカ海軍などと同様、20mmバルカン砲とレーダーを一体化したCIWSが用いられている。指を立てたような細く白い円筒型の中にはレーダーが入っており、その基礎の部分から水平線に向かって束ねられた6つの砲身が特徴的なバルカン砲が突き出している。20mm機関砲弾のため、射程こそ短いが、毎分4,500発の連射速度が隙のない射線を作る。そして、一度レーダーが捉えれば、円筒に納められたレーダーごと向きを自在に変えて目標を追う。CIWSが撃ち漏らすということは、その艦の終わりを意味する。第二次世界大戦までの軍艦と異なり、砲弾や爆弾による戦闘を想定していない現代の軍艦の装甲は彼女たちの先祖と比べれば無きに等しい。航空機に搭載出来る程度の空対艦ミサイルでも沈没を免れることはできないだろう。1982年のフォークランド紛争においては、アルゼンチン海軍虎の子のフランス製戦闘機シュペル・エタンダールが発射した空対艦ミサイル「エグゾセ」が、イギリス海軍の駆逐艦シェフィールドを1発で撃沈して世の海軍関係者を震撼させた。
 当時、対艦・対空・対潜、全てにおいて対処能力を持つ初の汎用護衛艦として期待され続々と建造が行われていた「はつゆき」級護衛艦が、経費削減のため艦橋やマスト、煙突や格納庫などの上部構造物の大部分が防御力の無いに等しいアルミ合金で作られていたことから、海上自衛隊においてもその衝撃は例外ではなく、8番艦「やまゆき」からはアルミ合金の使用は中止され全て鋼製となった。梅沢が艦長を務める護衛艦「あさゆき」は11番艦にあたるため、鋼製となっているが、これとて、一体何発のミサイルに耐えられるか。。。そんなことは誰も経験していないし、中国海軍の艦艇が装備するミサイルは、西側のそれよりも格段に大型だった。
 しかも相手は5隻、うち空母が1隻いるとはいえ、「いそゆき」なら1発でも当たれば轟沈だな。。。
 僚艦「いそゆき」は、形こそ梅沢の「あさゆき」と同じだが、6番艦であるためアルミ合金製の脆弱な構造だった。
 だが、艦を防御するのであれば、2隻で対処する方が断然有利だ。迎撃できるミサイルの数が倍になれば話はだいぶ違ってくる。そもそも、2隻を最小単位として訓練も積んできた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹