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尖閣~防人の末裔たち

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 片岡はキーボードからそっと手を離すとズボンの太股で手の平を拭った。

 タブレット端末で「おおよど」との位置関係を確認した古川は、画面のスライドボタンを指でなぞり画面を「送信モード」に切り替える。中国艦隊と、海上保安庁の巡視船がお互いに急接近している。慌てて「受信モード」に戻し、再度位置関係を確認する。現実では、中国艦隊は魚釣島に向かってはいるが、「受信モード」ほど速くもないし島に近くもない。そして、巡視船は島から離れずに留まっている。

 「受信モード」つまり「仮想現実モード」で中国艦隊と巡視船が接触すれば、必ず何らかの事態が発生する。実際には何も発生していないが、「仮想現実」のCICを見せられている護衛艦「あさゆき」が何もしないとは限らない。電波妨害により無線という「耳」を失い、河田達が「鷹の目」と呼ぶシステムによりCICという「目」に違う仮想現実を見せられた護衛艦「あさゆき」にとって、「鷹の目」からもたらされるCICデータが現実であり、「鷹の目」から送られてくる電文が命令になる。
 古川は、「受信モード」と「送信モード」何度も切り替えながら思考を巡らせた。
 電波妨害ができて、「鷹の目」というシステムを介してCICに偽情報を流し込むことができる位置にあるのは。。。
 「おおよど」だけだ。

「倉田さん、やはり「おおよど」を叩くしかありません。」
 操船する倉田に古川が位置関係と状況を説明する。位置関係はともかく、状況に対する分析は、本職である護衛艦「いそゆき」元艦長の倉田の同意により、確固たるものとなった。
 そして、倉田は護衛艦「あさゆき」艦長がどういう男かも知っている。
「急ぎましょう!仮想的とはいえ、この状況は。。。河田さんは「あさゆき」を使って中国に対して何らかのアクションを起こすつもりです。そして、梅沢なら、あの艦長なら必ず動いてしまうでしょう。謀らずとも単独で行動している「あさゆき」には、他に判断材料がありません。」
次のアクションに入られる前に、あの「おおよど」を妨害しなければ。。。
 古川の表情が自然と険しくなる。
 古川は、キャビンから持ち出した2丁のM-16A1自動小銃のうち、1丁を手に取り、リリースボタンを押して弾倉(マガジン)を取り外した。弾倉のいちばん上には今年発行された5円硬貨のように金色に輝く弾丸が、日の光を鋭く反射する。曇りのないその光沢が、この弾丸が詰められたばかりの新しいものであることを示していた。それは即ち、河田達の手によって手入れをされ、あるいは実際に発砲して弾を追加したことを意味する。いずれにしてもこの銃は使える。ということだ。弾丸を押し込んでみるが、数mm程度押し込めるがそれ以上は押せない、これ以上弾丸は詰められないということを確かめた古川は、
「20発か。。。」
と呟いた。銃口に切り込みが入るこの初期型のM-16A1は、多分ベトナム戦争時代にアメリカが大量に戦場に投入したものなのだろう。ストレートで短い20発入りの弾倉がその当時のものであることを雄弁している。ちなみに以後世界的に広まり、現在でも多くの国で使用されているM-16の各派生型はもっと長く、多少前方に湾曲した「バナナ型」の弾倉を採用している。これならば30発入る。
 同じようにもう1丁を確認した古川は、
「試射しますよ。」
 と倉田と権田に声を掛ける。 
 倉田は、
 扱えるのか?
 と、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、石垣での出来事を思い出したのか、すぐに片手を上げて合図をした。一方、権田は頷いて見せた後、慌てて両耳を塞いだ。
 古川は、銃のセレクターが、セミオート(単発)を示しているのを確かめると、水を半分だけ残したペットボトルの蓋を閉めて、船の後方に投げる。遠心力を軽く受けて、末端に寄った水が絶妙なウェイトをペットボトルに与え、回転しながら思ったよりも遠くへ飛ぶ。
 古川は、優雅にも見える動きで銃を構えると、着水と同時に引き金(トリガー)を絞った。
 軽く何かが弾けるような音がすると同時に波間に一筋の不自然な水柱が立ち、ペットボトルが見えなくなった。5.56mmの小口径弾の軽すぎる反動は相変わらず現実味がない。
「上手いもんですね。」
 倉田が声を張り上げる。
「こいつは、サバイバルスクールで特訓してますからね。」
 権田が相槌を打つように声を張る。
 実戦でも撃ったことがあるんですよ。もちろん正当防衛でね。。。
 古川は、口を歪めて微笑んだ。小気味よく吐き出された空薬莢(やっきょう)の飛び具合からも、初期型特有のジャミング(弾詰まり)とは無縁のようだと判断した。もっともアレは使用火薬が安価だったから発生したことなのだが。。。米軍のような大組織になると、そのコスト低減効果は計り知れないだろうが、またその不具合によって敵にチャンスを与え、失われた米兵の命も多かったらしい。。。戦場では今でも有名な話だ。
 銃は問題ない。あとは「おおよど」を如何に制圧するか、だ。倉田さんの方が銃の扱いに慣れているだろうが、権田さんは船を操ることは出来ない。いざ「おおよど」と一戦交えることになったら機動性は大きな戦力となる。未経験者の権田さんに操船は任せられない。そうすると権田さんにもう1丁持っていてもらうか。。。
 俺の身に何かあった時には、権田さんにやってもらうしかないのだから、扱い方だけでも覚えてもらおう。

「ん~。やはり「しまかぜ」は「おおよど」に接近しているようだな?」
 ノートPCの画面、厳密に言えば「鷹の目」システムを覗き込む。片岡はその海域を拡大して背後の河田を振り仰ぐ
「はい。そのようです。あと30分程度で接触します。依然「しまかぜ」から応答はありません。」
 片岡の声が虚しく司令部内に伝わる。壁のように作られてはいるが、実体は、テントと同じ素材。響くと言うよりは、壁に吸い込まれるような声だ。
「「おおよど」に警告。
「しまかぜ」は乗っ取られ敵対行動を取っている。注意せよ。「しまかぜ」への攻撃を許可する。」
 室内に緊張がみなぎる。「おおよど」は、「鷹の目」システムの要だった。その「おおよど」が狙われている。しかも、「おおよど」に乗っているのは、、、
「時間がない。「鷹の目」に入力。
中国艦駆逐艦乙、対艦ミサイル発射、2(ふた)発。目標、巡視船「ざおう」うち1発は洋上に落下。」
 梅沢、許せ。。。
「よーそろー。中国艦駆逐艦乙から対艦ミサイル発射。弾数2(ふた)。目標海保巡視船「ざおう」着弾数は1。判定は?」
 目を瞑(つむ)って復唱を聞いていた河田だったが、きつく噛みしめていた唇を開き、そして目をかっと見開いた。
「復唱よろし。判定は。轟沈。掛かれっ!」
 河田の怒声にも似た太い声音が響いた。
「よーそろー。」
 了解という意味の言葉を短く返した片岡が叩くキーボードの音が、しんと静まった室内に乾いた音を響かせていた。

作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹