尖閣~防人の末裔たち
「この写真は、本日スクランブル発進した航空自衛隊のF-15J戦闘機が撮影した魚釣島の写真です。」
画面が内閣官房長官の指すパネルをアップで映す。パネルは、複数の写真をまとめたものだった。指し棒が島全体を斜め上の上空から捉えた写真を指すと、画面はその部分を拡大した。
えっ?あの島って無人島じゃなかったっけ?
悦子は画面の建物とヘリコプターに違和感を感じ、思わず独り言を呟いていた。
「御覧の通り、何者かによって建物が建てられています。ヘリコプターは、海上保安庁巡視船「ざおう」の搭載機です。海上保安庁によ。。。」
会場にどよめきが起こる。あまりの騒がしさに官房長官が言葉を切る。会場が鎮まると咳払いを合図に再び言葉を続ける。
「え~、海上保安庁の報告によりますと、このヘリコプターは、石垣海上保安部の捜査支援のため、特別警備隊6名を乗せて魚釣島に向かったとのことで、現在連絡が取れない状況です。」
特別警備隊という言葉に会場が敏感に反応し、熱気に包まれる。海上保安庁の特別警備隊といえば、海の特殊部隊ともいうべき存在であることは、どんな記者でもピンと来る。その武装した特殊部隊でさえ、連絡が取れない状況というのは、一体どんな状況なのか?まして建物には日本の国旗が掲げられている。
早く続きが知りたいと言わんばかりに自然と会場が静まり返る。
「こちらの写真をご覧ください。島には自動小銃で武装した迷彩服姿の男性がいます。確認できているだけで40名から50名程度います。彼らの目的は未だに不明ですが、日本人であることは確かです。では、ただいまから御質問を受け付けます。」
官房長官は薄く頼りない原稿を立てて揃えると演台に置き、ゆっくりと顔を右に左に動かして会場を見廻す。
「旭日新聞の高野です。迷彩服の彼らは自衛隊の特殊部隊なのではないですか?自作自演じゃないのか?政府は中国を刺激するつもりか?」
怒りで裏返りそうな声終わる前に会場が失笑でざわめく。
「東日本大震災での救助活動などを取材された方ならすぐに分かると思いますが、あのような迷彩服は自衛隊では使用しておりません。それに彼らの武器。え~M16A1は米軍ではベトナム戦争以後使用していましたが現在は使用しておりません。自作自演とおっしゃいますが、私には国民の血税を使ってそんなことを行うメリットが分かりません。他に御質問は?」
軽く嫌味を含ませたような口調に会場のあちこちで笑いが起こった。
「産業日報の大木です。スクランブル発進した戦闘機が撮影した。と仰いましたが、ということは、中国軍機もこの島を偵察したということですか?だとすると中国からの反応はありますか?」
旭日新聞とは対象的に冷静な分析材料をともなう質問に、各社の記者達が聞き逃すまいと身構えたのか会場が静まった。
さすが産業日報ね。。。
離婚したとはいえ、悦子は元夫、古川が記者をしていた産業日報には今でも一目置いていた。
「おっしゃる通りです。この写真を撮影した航空自衛隊の戦闘機の報告によりますと、対象機。つまりスクランブル発進するきっかけとなった国籍不明機ですが、これは、中国の写真偵察機でした。自衛隊機の活躍も空しく、残念ながら当該機に領空侵犯されるに至りました。これは、中国側が我々戦闘機の写真と同等以上の情報を得たことになります。ですが、今のところ中国政府からの接触はありません。」
あの人は、そこには居ないらしい。と希望的観測のみで自分を落ちつけようとする悦子と、意地悪なぐらい暗悲観的な予測で自分を追い詰める悦子。。。どちらが正しいのかは分からない。
「ったく。相変わらずですね。旭日は。。。」
藤田が呆れた声を上げる。
薄暗い布張りの建物(「司令部」と彼らは呼んでいる)に戻った河田達は、政府の記者会見の中継を小さなモニターで見ていた。モニターのバックライトに男達の顔が柔らかく照らされている。
まるでCICの中にいるようだ。実際能力的には遜色はないが。。。
河田はそんなことを考えながら、口を開く。
「そうですね。ああいう輩が国を滅ぼす。。。ただでさえ、日本人という民族は、単一民族のせいか、扇動にハマりやすい。。。」
河田が感慨深げな表情で同意を示す。
「ま、やっと国民の知るところとなったわけですな。相変わらず危機管理能力が低い政府には閉口ものですが、これからが我々の見せ場ですね。」
藤田が爛々と輝く眼差しを河田に向ける。
「そうですね。それと、さっきの中国機。あれが偵察機だったということで、中国が状況を把握したといえます。多分日本政府よりも対応は早い。それが証拠に中国の海警船が撤収し始めました。警戒を万全にしましょう。」
藤田が頷くのを見た河田は、自信に満ちた笑みを返すと、鷹の目を扱う部下に目を移した。
「片岡君、鷹の目のレンジを拡大して中国海軍の艦隊に動きを追ってくれ。必ず何か行動を起こす筈だ。
水野君は中国艦隊のCIC情報をコピーしてデータベースに追加しておいてくれ。さっきの偵察機もデータ化は済んでいるな?」
片岡と呼ばれた男が、丈夫そうなノートPCタフブックから顔を上げて振り向き、パーツの存在感が大きな目鼻立ちのハッキリした顔を河田に向けて
「了解。」
と歯切れよく答えた。続けて白髪頭の水野が答える。
水野は、CICの黎明期から携わってきた男だ。俺以上に、いや、海自で彼以上にCICに精通した男はいないだろう。俺は、部下に恵まれたな。
満足気に自分用のタブレットを起動した河田の元に外の光が差すと、司令部の外から部下の1人が駆け寄ってきた。
「長官。米海兵隊マーク少将からお電話が入っております。」
彼は、河田の衛星携帯電話を押しつけるように手渡すと、一礼して逃げるように去っていた。怪訝そうな表情を一瞬したが、
ま、今更外国人に慣れろっ!って命令するのも酷だよな。
部下の全員が外国人に慣れているわけではない。中には、英語アレルギーな者もいる。そうなると、たとえ日本語で語りかけられても、相手が外国人だというだけで怯(ひる)んでしまう。
溜息混じりに受け取った携帯電話を耳に当てると、開口一番英語で語りかけた。
「Hey,Mark!Long time no see.(マーク、久しぶりだな。)」
すると
「おひさしぶりです。アっドミラル。何回か電話くれましたね。出れなくてごめんなさい。」
たどたどしい日本語が帰ってくる。「郷に入れば何とやら。」だな。それがマークのいいところでもある。どんな国の人間でも、自分の国の言葉を喋り、文化を受け入れてくれる外国人を悪く思う人間はいない。それにしても相変わらず顔と立場に似合わぬ日本語だ。奥さんが教えているからかどうしても家庭的な日本語になってしまう。それにしてもアドミラル(提督)って、あんたも一緒じゃないか。相変わらずだな。
河田は口元を緩めると日本語で伝えた。
「何度も電話してしまい、申し訳なかった。」
河田の詫びを気にするでもなく、マーク少将は続けた。
「で、用事はなんだい。今、ずいぶんと派手な花火してるじゃないか。ついに観念の袋の緒が破れたね。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹