尖閣~防人の末裔たち
後ろを進んでいる各船が河田達の乗る「やはぎ」を取り囲むため速度を上げる。ディーゼル機関の回転が上がる音がここまで聞こえてきた。
各船の復唱と開始した艦隊運動の初動に満足の笑みを浮かべた河田の目が、古川の驚きの目と合った。
「あっ、こりゃあ驚きますよね~。この方が指示しやすいんですよ。娑婆っ気に馴染めなくて。お恥ずかしい限りです。」
と河田が答えた。
「それは確かに、でも他の船の船長には慣れが必要なんじゃないでしょか?」
と、古川は河田に同意を求めた。
すると河田は、苦笑いしながら
「いえね、今回のメンバーのほとんどが自衛隊出身なんです。しかも船長は、全て、艦長経験者です。適材適所でしょ?」
あまりの徹底振りに古川は、さらに驚いた。開いた口が塞がらないというのはこういうことなのだろう。
「そうなんですか?まさか、ふだんの漁も自衛隊出身者だけで行ってるんですか?」
まさかと思いつつも聞いておかねば、と古川は思いながら質問を続けた
「いえいえ、実際の漁の場合だと、この倍の人数が必要になります。今回は、こういった航海なので自衛隊出身者を中心に編成しただけです。ウチの会社では定年や事情があって途中で退官した隊員の再雇用の場として毎年元自衛官を採用しているんですよ。なかなか漁業を志してくれる若者が少ない中では、素人ですが健康で体力はあるし物覚えも早いので心強い存在ですよ。」
古川は、メモ帳にざっとメモをしながら
「なるほど、自衛官の雇用と漁業人口の減少防止に一役買ってらっしゃるんですね。自衛隊を知る河田さんならではの発想ですね。ところで、さっきこの船を「やはぎ」と無線で仰ってましたよね?一般的に漁船って「なになに丸」といったように丸という字を付けますよね?」
と質問を続けた。
「ま、確かに「なにがし丸」というように丸ってつける方が多いですね。この船も以前は尖石丸でした。でも、船名の末尾に丸を付けなければいけないという決まりはないんですよ。ということで私が会社を継いだ後、定期点検に合わせて船名を変えてきました。この船だけじゃなくて、全隻名前の変更は終わってます。あ、古川さんは昨夜が初めてですから暗くて船名は分かりませんでしたよね。ちなみに2番船あ、さっきまで本艦に続いて2番目を航行していた船ですが、
あれは「ふゆづき」3番船が「すずつき」4番船が「かすみ」5番船が「ゆきかぜ」です。」
どうだい?分かるかな?というよう少年のような悪戯な目で古川を見つめる。
「「やはぎ」に「ゆきかぜ」?!それって、太平洋戦争末期の大和特攻の時に大和を護衛していた艦船の名前ですよね。確か「やはぎ(矢矧)」は軽巡洋艦、「ゆきかぜ(雪風)」は駆逐艦。雪風は戦後まで生き残った奇跡の船で、最終的には、台湾の海軍に引き渡されて長年活躍したんですよね?いや~、まるで艦隊ですね~。」
古川は、思わず声が大きくなっている自分に気付いた。いくらなんでも凄過ぎる。
「さすがは古川さん、よく気付きましたね。そうです。大和特攻、正式には菊水作戦時の第2艦隊ということになります。第2艦隊は、戦艦は大和1隻のみ、他は軽巡洋艦たったの1隻と駆逐艦が8隻で構成された艦隊でした。ウチの5隻はその中から名前を貰ったんです。験かつぎと士気高揚のためにね。当然大和の名は遠慮して、その他の護衛の艦船の名前から選びました。あの時の第2艦隊司令長官だった伊藤整一中将はどんな気持ちだったんでしょうね。沖縄に上陸したアメリカ軍を撃退するために大和を沖縄に突入、座礁させて砲台となってアメリカの陸上部隊を攻撃する。こんな滅茶苦茶な作戦に「一億総特攻の魁となって頂きたい」なんて殺し文句付きで上層部から突きつけられた訳ですからね。大和だけで約3,300人、艦隊全部で約6,000人もの部下の命を預かる人間としてどうだったんだろう。ってね。今でも想像もつかないですけどね。」
「そうですね。大和の同型艦「武蔵」もフィリピンのシブヤン海で飛行機の大群に繰り返し攻撃されて沈んでますからね、ましてやその時に武蔵と艦隊を組んでいた大和は、間近でそれを見た訳ですからね。世界最大の巨体に世界最強の主砲を持っていたって飛行機にはかなわない。今回も沖縄まで辿り付けるとは思ってなかったでしょうね。結局「冬月」、「涼月」、「初霜」、「雪風」の4隻しか帰還できなかったんですよね。」
「そう、ひどい戦いでした。しかも結果は予想ができていた。彼らがなぜそのような無謀な作戦に向かっていけたか?防大で研究として取組んで以来、いまだに確かな答えは見つけられないでいるんですよ。そして、もっと気になるのが、当時の若い人と、現代の若い人の精神構造ですね。表面的には全く違って見えるが、根本は同じなのか?それとも進化の過程で異なっているのか?同じような危機的環境に陥ったときに現代の人間は、国のため、人のために身を捧げることができるのか?ってとこに行き着くんです。」
河田の言葉に熱が帯びてきた。
「難しい研究ですね。危機管理の一環。という分野に入るんですかね」
古川は研究の言わんとしていることは理解できたが、それをどう応用するのかが気になりさらに質問を重ねてしまった。
「そうですね。危機管理に入ります。どんなに良い装備、良い人間を揃えて、訓練で鍛えていても、いざという時に「自分が大事」という面が、、、あ、もちろん人間は誰しも本能的に自分を守ります。しかし、自衛官はそれが優先されてはいけないんです。勘違いのないように言っておきますが、それは、災害派遣でもそうです。一昨年の東日本大震災の時の記憶は新しいと思いますが、多くの自衛官が自分の家族を心配するのも支援するのも後回しにして被災者の救助と支援に全力を尽くした。そういったことがこれからもできる組織でなければならない。もし、戦闘になったらさらに状況は深刻になります。絶対的不利でも立ち向かえる人間力があるか?勿論無謀なことは抜きですよ。そういった人間的強さをどのように教育していくかという点で役立てようとしていました。ま、今は退官してしまったので、本に書くとかね、講演するとか外から内部へ訴える形になりますね。」
河田は寂しそうに遠くを見つめていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹