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尖閣~防人の末裔たち

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 酒が進まなくなりジョッキに半分ほど入ったビールが温くなり始まった頃、権田が申し訳なさそうに言った。
「これは言わないほうがいいと思ったが、やはり言った方がお前のためだ。今日、お前の奥さん、、、悦子さんだっけか?家にいたか?」
いきなり何を言い始めるんだ?まさか会いたいなんていいだすんじゃあないだろうな、それはあり得ないか古川はと思ったが
「今日は仕事が休みだから出かけると言って朝出かけたっきりですよ。電話も出やしない。」
と答えた。
「そうか、、、」
心底落胆して、権田は話を続けた
「宇都宮駅でタクシーを降りてお前に電話をしていた時、悦子さんに似た人が次のタクシーから降りてきたんだ。」
「宇都宮に何の用事があったのかな~」
古川は軽く相槌を打つ
「それが、、、男と一緒だった。。。」
権田の言葉に古川は全身の体温がサーっと引いていくのを感じた
「俺もしばらくお前たち夫婦に会ってないし、何かの間違いかもしれないと思って後をつけて望遠で写真を撮っちまった、人違いだったらそれで安心、なだけの話だからな。写真、、、見るか」
 権田が傍らのバックから一眼レフデジカメを取出し、液晶ディスプレーに画像を呼び出し、古川に渡してきた。
受け取った瞬間、古川は自分の見ているものが信じられず、頭の中が真っ白になり、全身に鳥肌が立つのを感じた。紛れも無くそれは悦子だった、そしてその服装は、まだ仲の良かった頃に古川がプレゼントし「似合うよ」と褒めたものだった。その悦子が男の左腕に手を絡め寄り沿って歩いている。古川にはすっかり懐かしい笑顔で男を見上げている写真だった。やはり権田は写真を撮るのが上手いと、そんなことを思って気を紛らそうとしている。
「悦子に間違いありません。俺たちに子供がいなくて不幸中の幸いでした。」
古川は、静かな声で言った。
 権田は何も言えなかった。。。
 古川は権田にその写真をメールで送ってくれと頼んで駅で別れた。
抜け殻のようになって帰宅した古川が携帯を確認すると、権田から写真が送られていた。リビングにいて出迎えもしない妻に、古川は
「これはどういうことだ?説明しろ」
と携帯の画面に呼び出した写真を突きつけた。
 ここまでハッキリ証拠をつきつけられた悦子は認めるしかなかった。
2人はダイニングテーブルに向かい合って座り、5分の沈黙が過ぎた頃、悦子が口を開いた。悦子は、相手の男との関係を話するよりも初めに、古川との不仲の経緯について話し始めた。その話の順番の違いに悦子の自分勝手さを感じ怒り心頭だったが何とか抑え、古川は黙っていた。何を聞いても俺が何を話してもあの「懐かしい笑顔」は、俺に向けられることはない。黙って古川に対する悦子の言い分を聞いているとやっと気が済んだのか、男の話になった。時に生々しい悦子の説明に古川の男としてのプライドはズタズタに切り裂かれたが、古川は黙っていた。相手に妻子がいないことが分かったからだった。そして、会話が途切れたとき、
 古川は初めて
「言いたいことは、それで全部か?」
と静かに口を開いた。
「ごめんなさい。。。」
 悦子が上目遣いに軽く頷きながら答えると一条の涙がその目から流れた。
 それを見届けて古川は言葉を続けた。
「この写真の幸せそうに男を見上げてるお前の笑顔、俺が好きだったお前の笑顔だ。小山に来てから見ることがなくなった懐かしい笑顔だ。この笑顔は二度と俺に向けられることはないだろう。そいつと幸せになるんだな。離婚だ。」
 泣き崩れた悦子に、本人でさえも冷徹とも哀れみともつかない目を向け古川は席を立った。
 それから2日間、2階の自分の部屋で古川は引越し屋の図柄が描かれた大きなダンボールを組み立てては荷物を入れるという作業に没頭した。悦子とは目を合わせたくない。悦子の心は取り戻せな
 い。同情や哀れみの目で見られるのは沢山だ。ここは悦子の実家だ。義父には申し訳ないが早く引き上げたい。という思いが原動力となっていた。もはや最後の男の意地だったのかもしれない。悦子とは目も合わせていないし、会話もしないことにしていた。お互いに次に交わされる言葉が怖いという雰囲気があったのかもしれない。
翌朝、目が覚めると古川はコンビニで買ったおにぎりとパンで朝食を済ませ、1階へ降りた。台所兼食堂のダイニングテーブルに呆然と座っている悦子に、古川は立ったままで、
「明日は仕事休みだよな?、引越し屋が俺の荷物を取りに来るから、騒がしくなるけど我慢してくれ」
と悦子に告げた。
泣き疲れたのか朝から瞼を腫らしている悦子は
「えっ?」
と、か細く言い、やっと意味を理解した悦子は静かに
「明日は出掛けるからいないけど、引越し?何で?」
と聞き返した。状況が信じられないらしい。
 その質問に答えることなく古川は冷めた視線を悦子に向け、悦子の前に並ぶ手のつけられていない朝食の隣に1枚の紙を置いた。その紙を手に取った悦子の目から再び涙が溢れた。
離婚届だった。
「俺の分は記入してある。仕事に行く前にお前のところを書いてここに置いといてくれ、明日引越しがすんだら俺が役所に出しておく」
それは有無を言わさない静かな強さを含ませた無機質な現実となって悦子に届いた。
古川は、悦子の向かいの席に並べられた朝食と几帳面に並べられた長年愛用した箸に一瞥すると、何事もなかったかのように台所を出た。

 あれから3年か。。。あいつは幸せにしてるだろうか?ま、そんなこと言ってるとまた権田さんに怒られちゃうな、「他人の行く末を気にするよりも明日の自分にベストを繋ぐことを考えろ」ってね。こんな所で当時先輩の権田に励まされたことを思い出してしまった自分に古川は思わず苦笑いしてしまった。

 お互いの身の上話を話しているうちに、1時間が経ち、空はすっかり明るくなった。
「あと50海里、接続海域、あと半分、そうですね。あと2時間半で接続海域に差し掛かります。そろそろです。」
河田は前方の手すりに作られた横から見ると三角の箱状の中を覗き込んでから古川に言った。
操舵室の屋上ともいうべきこの場所は、全周に視界を確保できて撮影にはもってこいだ、河田の配慮に感謝しながら一直線に進む船団をファインダーに捕らえてシャッターを切った。
「そうですか、いよいよですね。ところで、その箱は何ですか?」
古川が聞いた。
「あ、これですか?タブレット端末のヒサシですよ。洋上は日光が強いのでディスプレイが見づらいんです。それに細かい潮を被ってしまうからヒサシを作って覆っているんです。便利ですよ。」
とタップらしい操作をしてから古川を手招きする。覗き込む古川に画面を見せ、
「この通り、ただのGPSです。車でいうナビの代わりです。便利になったもんです。」
と言った。
 古川が戻るとまた何かタップをし、しばらくタブレットを見つめているようだった。顔を上げるとヘッドセットのマイクを口元に引き寄せ
「「やはぎ」より各艦へ、針路、速力そのまま、輪形陣をとれ!」
と吹き込んだ。
 そのやり取りを聞いて古川が驚きで目を丸くして河田を見つめる。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹