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尖閣~防人の末裔たち

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4.黒い波頭


 与那国島北方50海里の公海上に3隻の漁船が低速で航行していた。1隻が中心から前に出たような三角隊形でゆっくりと進む。ちょうど白ばんでいた空は朝日が昇り始めたことで一気に明確な色彩を主張し始める。そして、凪いだ海面は、キラキラと小刻みに受けた陽光ち始めていた。
漁船は、いずれもマグロ延縄漁船だった。いずれも40トンクラスの漁船は、この部類では中型にあたる。船首には、それぞれ「かげろう」、「いかずち」、「ふぶき」と船名が記入されていた。
「船長、停船。」
 先頭を進む「かげろう」では、弁当箱大の通信機器らしい箱から出たケーブルに接続されたタブレット端末を持つ田原が傍らで車のハンドルよりも造りの単純な舵輪を操作する男に指示した。船長と呼ばれた男は
「了解、停船」
 と復唱し、船を停船させる。低速で進んでいたとは言え、すぐには止まれないので、隊列は乱れ気味になるのだが、他の2隻もまるで見えない棒で繋がれているかのように同時に速度を落とし始めた。「かげろう」が完全に停船すると「かげろう」の左右両側を進んできた「いかずち」と「ふぶき」ゆっくりと「かげろう」の横を通って「かげろう」の前方で停船し、船団はV字形の隊形になった。
 その一糸乱れぬ船団の動きに田原は満足気に頷いた。無線封止で連絡を取れなくてもこれだけ呼吸のあった船隊運動ができるとは、まだ衰えていないな。よくもこんなにスゴ腕が集まってくれたもんだ。と田原は感慨もひとしおだった。俺も頑張った甲斐があったってもんだな。
 田原は、タブレット端末内蔵のGPSで現在位置座標を確認した後、画面をタッチして画像を呼び出した。画面は、「やはぎ」という文字がつけられた点を中心とした数個の点と、そこから離れて「いそゆき」と文字のつけられた点とその隣にもうひとつの点、そして「やはぎ」の進路上には「いしがき」ともうひとつの点、さらに先には「海監51」と周囲に2つの点があった。「やはぎ」の南方には田原の乗る「かげろう」を先頭とした3つの点があった。この画像は、尖閣諸島へ向かっている船団の持っているレーダーの画面を画像化したものでJpeg形式の写真データとして無線電波に乗せて発信されたものである。尖閣諸島に向かっている河田の船団との関連性をつかまれぬように田原の船団には通信の禁止、軍事的に言えば無線封止が厳命されていた。このため、レーダーの画像データは、河田の船団が一方的かつ定期的に送信しており、田原はこれを適宜受信して利用していた。
 田原は、画面から周辺に艦船、航空機がいないことを確認し、文字盤が大きめの腕時計を見た。時間は5時25分を示していた。
「船長、位置よろし、あと10分で浮上してくる。錨降ろせ」
船長は、各船の位置を確認する。左前方に「いかずち」、右前方に「ふぶき」がいる。その船尾が「かげろう」の舳先(へさき)の位置に並び、丁度前方の海面を隠すように停船しているしているのを確認してから船内放送で
「本船の錨降ろせ、僚船に指示、錨降ろせ」
 前方の舳先にいる男達が左右それぞれの僚船に向かって緑色の旗を大きく振った後、海面に錨を投げ込んだ。その旗の合図で僚船も錨を投げ込んだ。もし赤旗であれば、周辺に艦船又は航空機がいるため、作業を見送り、即撤収する手筈となっていた。
その作業と腕時計を交互に見比べる。時が刻一刻と迫ってくる。そして腕時計はあと1分を示した時、田原は緊張と共に生唾を飲み込んで船長に言った。
「船長、あと1分で浮上してくる。配置よいか?」
 船長は、前方のデッキを確認した。この日のために右舷に取り付けたウィンチには1人、その周囲に2人、いずれもライフジャケットを着用している。そして船縁には左舷、右舷にそれぞれ1人ずつ潜水具を付けた男が待機しているのを確認し、
「配置完了です。」
と答え、船内放送のマイクを取り上げて腕時計を確認する。
「こちら船長、浮上まであと30秒」
 前方の甲板上の男達は右手を軽く挙げて応じた。傍らの田原は、タブレット端末の画面をタッチし、河田との打合せ通り定刻5分前から1分おきに送られてくるレーダー画面の画像の確認を続けていた。今のところ周辺に異常は見られない。

 尖閣諸島から東方50海里で警戒活動をしている第13護衛隊の護衛艦「いそゆき」は、河田の船団が発する電波をキャッチしていた。
「艦長、通信室からの報告です。本艦から北方で467MHz帯の電波を受信。例の漁船団のものと思われます。」
 当直が艦内電話で受けた内容を報告してくる。午前5時30分、明るさを増した日差しに艦橋内も活気付く、報告を受けた倉田2等海佐は、その報告に満足そうに頷き。
「傍受内容を報告せよ。」
 と、当直に対して通信室への命令を指示する。決して手を出したりできず、目に見える所まで顔を近付けることさえできない警戒任務。しかも我々よりも前線で危険に身を曝しているのは、我々よりはるかに貧弱な武装の巡視船である。これほど士気の下がりやすい任務の中でもこんな報告が上がってくるということは、こんな実感のない任務でも緊張感を持って取組んでいるという証拠だな。まだ、大丈夫だ。と倉田は思った。
「艦長、内容は傍受できず、デジタル通信と思われる。と言っております。」
 先にそれを言えよ!倉田は、内心毒づいた、士気には問題がないようだが、いかんせん慣れていないようだ。通信室か~、あの若い幹部だな?最近の幹部は暢気でかなわん。
「ちょっとそれ、貸してくれ。」
倉田は当直から艦内電話を受け取り通信室と直接話をする。
「こちら艦長、通信室」
「通信室、川崎3尉です」
 叱っちゃいかん、伸ばすんだ、と自分に言い聞かせ、倉田はトーンを落として口を開いた
「御苦労。先ほど報告してくれた例の船団の通信だが、詳しく聞かせてくれ。内容的には通話か?」
「デジタル通信のため、内容は不明ですが、電波を発している時間が数秒から数十秒が最も多いのでおそらく通話と思われますが、気になるのは1秒未満の通信が5分ほど前から頻繁に発せられていることです。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹