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尖閣~防人の末裔たち

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と言う声が耳に響いた。鳥谷部は、満足そうな笑みを浮かべて機体を方位260度(西南西)へ向けるべく大きく旋回を始めた。この旋回が終わるまでには高山も追いつくはずだ。
 
「だから、ヤバいんですよ。課長」
権田は、この電話で8度目のヤバいを、口にしていた。なにも彼の口癖と言うわけではない、それだけ彼にとって事は「ヤバい」のだった。
-だって、何も証拠がないんだろう?そんなんじゃ、ウチの号外すら出せないぞ。ましてや系列とはいえテレビに出すなんて。-
 権田の上司である岡村課長の声が響く、内容はともかく、やはり声音は柔らかい。
「海保の無線を傍受したんです。今、魚釣島は完全武装した日本人テロリストに支配され、海保のヘリが撃たれて不時着しているんです。間違いありません。」
 ジョリジョリと忌々しげに無精髭だらけの顎を指で擦る権田の仕草が傍目で見る古川を苦笑させる。
相変わらずだな。。。
 課長の岡村は、古川が産業日報で仕事をしていた時には、まだ係長だった。部下の話は丁寧に聞いてくれるが、意見が通るかどうかはまた別の話だった。丁寧に聞いてくれるということは、隅々まで理解してくれるということなのであるが、その結果、彼の慎重且つ心配性な心に様々なIF(もしも)を発生させ、それが木の枝のように様々な結末を想像させる。そして時には目の前のチャンスを失う。当時の古川は、彼のその性格を危惧した上層部が危急なニュースの少ない防衛担当の係長という職を彼に与えたのだとばかり思っていた。思慮深いともとれる岡村の性格は、慎重さが必要とされる防衛向きだとも思っていたのだが、その岡村が政治担当も含めた政治部政策課の課長を任されているあたりが、彼の成長の結果と思いたかったが、現状の権田とのやりとりを見ている限りでは、そうでもないらしい、思慮深さを買われたのか?随分と慎重な会社になったもんだ。
-傍受って、お前いつから無線マニアになったんだ。ま、傍受するのは法律上も自由だが、その内容を第三者に漏らすのは違法行為だぞ。権田-岡村の柔らかいがいちいち正しい言葉が耳に痛い。
「しかし。。。事は一刻を争う問題ですよ。」
-そりゃあ、お前を信用していないわけじゃないが、前回テロップを流したときには写真があったからな。。。
手遅れにならないように根回しだけはしておこう。それでいいな-
「ありがとうございます。」
食い下がる権田をなだめる岡村の声がありがたく。権田は衛生携帯電話を耳に当てたまま相手に見えるはずのない深い礼をした。
 それから5分程度の打ち合わせを済ませた権田は、電話を古川に返すと、
「バッチリだぜ。」
と、笑顔で親指を立てた。
「やりましたね。」
 同じように親指を立てる古川の笑顔には、すっかり本調子に戻った「報道の大先輩」権田への安堵と信頼の気持ちが現れていた。

作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹