尖閣~防人の末裔たち
いつになったら動くのだろう、ヘリは上空に留まらずに旋回を続けているため、塀に張り付いたままの被写体を撮り続けるのは骨の折れる作業だった。ただでさえ距離が離れていてかなりズームしているので、一度視野から外すと探すのが面倒だった。ズームを引いて探せばいいのだが、見失ったのがバレバレだ。即座に浜田にからかわれるだろう。どこか褒めるべきところを見つけてヨイショしてくれるかわいい後輩は、今はここにはいない。
違うものでも映すか。そういえば、まだ例の建物は映してなかったな。土屋が視点を移動しようとした瞬間に、バネで弾かれたように一斉に被写体・・・特警隊員達が後ろを振り向いた。
「何ぃ?」
土屋の口から思わず声が出る。
慌ててカメラのズームを引いて視野を広くすると、どこから湧き出たのか、特警隊員の背後を自動小銃を構えた迷彩服の男達が包囲していた。その数ざっと15名。不意を突かれた特警隊員は、塀に阻まれ逃げることも隠れることもできず、銃を足下に置いてゆっくりと両手を挙げ始めていた。
「大変だ。特警隊が包囲されました。何てこった。」
土屋が怒鳴った。無線を手にして土屋の隣の窓に移動してきた機上通信員の磯原が、胸に下げた双眼鏡を手に取る。
「きっと茂みの中に隠れてたんだな。磯原、「ざおう」に報告。土屋は撮影を続行。目を離すな!」
浜田は冷静に状況を判断すると矢継ぎ早に指示を飛ばす。
今の俺達にできることは何だ。。。監視を続けていれば、特警隊への危害は加えられないだろうか。。。いや、そんなに甘くはない。奴らは相当の覚悟で島を「占領」しているはずだ。だから武器も持っている。。。特警隊を人質にとるつもりか?なんてこった。保安官を人質に脅しを。。。無理だ。民間人ならともかく。政府は黙殺するかもしれない。。。政府は彼らを、あの国旗を掲げて島を占拠する兵隊達をテロリストと認定するだろう。そしたら、対応は明確だ。「テロに屈せず」だろう。明確になっている決め事には、この国の対応は強くそして早い。。。何て皮肉だ!この海域を我が物にしようとする中国に対しては明確な決まりを作っていない。いや作ろうともせず。現行法を適応しようともしない。だから巡視船に体当たりするような中国人さえ釈放してしまう。。。
いや、テロとして明確に対応するならまだマシだろう。保安官は民間人じゃない、やはり、黙殺されるかもしれない。。。臭い物には蓋(ふた)をする。か。。。誰が考えたのか知らないが、日本人にピッタリの言葉だぜ。原発だってそうだ。政府は、そんなことばかりしている。
思考を深めるほど浜田の心の奥が煮えたぎってくる。「ざおう」に状況を報告する磯原の声がやけに遠くに聞こえる。
任せてはおけない。。。
冷静だった浜田の頭は、いつの間にか熱くなり、出てきた答えも成功するとは思えなかった。しかしやるしかない。
上に任せてはおけない。
「両サイドドアオープン。何かに掴まれっ。特警隊を救助する。」
命じた浜田は計器を一瞥して機体の状態を把握すると、自然に歯を食いしばっている自分に苦笑する。ビビってる場合じゃねえ。
「了解。」
「そうこなくっちゃ」
勝手知ったクルーの声が浜田を後押しする。
「熱い機長に賛成。」
親指を立ててみせる副操縦士の加藤が白い歯を見せると、
俺の判断は間違っていない。
浜田に自信が芽生えた。
「サンキュー。みんなの命、俺が預かった。特警隊と迷彩服の間に割り込んで間を空けてから強行着陸する。」
浜田は旋回して地上の男達に正対すると、出力を上げ、機首を突っ込んで加速しながら高度を下げる。左手に迷彩服、右手に両手を挙げたまま微動だにしない特警隊が見える。その間の僅か10m程度のスペースに向かって、「うみばと」を急降下させる。
「頼むぜ、「うみばと」ちゃん。そのDNAを見せてくれよ~。」
唸るように浜田が言う。ヘリだって多少のGはかかる。
「下の連中をチビらしてやれ。」
加藤がそれを受けるように笑う。
この人は案外キレやすい人なのかも、浜田の瞼に、一瞬昇護の笑顔が横切る。
「うみばと」という可愛らしいネーミングを与えられ、白地に青系のストライプを纏った爽やかな塗装で引き立つ愛らしい顔をしたベル212型だが、元をたどれば、ベトナム戦争で大活躍したベルUH-1イロコイが原型だ。そのタービンエンジンをツインパックつまり、2基のタービンでローターを回すようにして、エンジン故障に対して生残性を高めた派生型が、ベル212型だ。その生残性に目を付け、海保だけでなく洋上で使用する用途を中心に活躍しているのだった。エンジンが1つよりは2つの方が安心。ただそれだけだが、降りるところがない洋上ではそれが命を握る鍵となる。。。
浜田に操られた「うみばと」が吠えるようエンジンをを高めて、大気を掻いて低い振動を周囲にまき散らしながら、地表に突っ込んでいく、目ざとく「うみばと」の進路に気付いた迷彩服の男達が後方に下がり始めているのが浜田の目に入った。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹