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尖閣~防人の末裔たち

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49.強行着陸


 魚釣島の沖合にいる巡視船「ざおう」の上空を、機体を左右に振りながら飛ぶ昔ながらの「バンクを振る」という空からの挨拶をしながら低空で通過すると、「うみばと」は、さらに高度を下げて、座礁しそうなぐらいに魚釣島に接近してゆっくりと周回している漁船と、後ろに付いて回って警戒している小型の巡視船「みずき」や巡視艇「なつづき」の上空を舐めるように飛び、島の外縁に沿って旋回をし始めた。ヘリも来たんだぞ。という意志表示と言う名の威嚇だ。幸い、中国海警船は見当たらない。領海の外からではこの状況は見える筈もない。島が騒がしいな。といった程度だろう。
「いたいた、ひとり、ふたり、さんにん。。。7人いる。武器はぶら下げてないな。。。いつのまにあんな建物おっ建てやがったんだ?」
 機体を僅かに傾けて緩い右旋回をさせている機長の浜田が、キャビンにも聞こえるような大声で叫んだ。
「あの上に降りて潰しちまえ!コンクリートっぽいから潰れね~か。」
機上整備員の土屋がキャビンで双眼鏡を構えて島を監視しながら負けじと、声を張り上げる。その声には、普段のユーモアではなく怒りが込められているのを、クルーの誰もが感じていた。無理もない。離陸後に入ってきた情報の中に、河田水産の家宅捜索を行うことが含まれ、機内が驚きに包まれた。何で?という問いに帰ってきた基地の答えは、一瞬にしてクルーの目を怒りの色に変えさせた。
・・・入手した写真を解析した結果、河田水産の漁船が「うみばと」を銃撃したことが判明した。・・・
「やってくれるな。。。」誰からとなく声が漏れる。それはいずれも怒りに震えていた。

「ハリボテだろ?コンクリが一晩で固まるわけないもんな。とぼけた振りして試してみるか?」
落ち着けよ、と言わんばかりに浜田が悪戯っぽい口調で怒鳴り返した。
「降りたら私らが、蹴飛ばして倒して見せますよ。」
特警隊の隊長の野太い声がすかさず合いの手を入れると、機内にどっと、笑いが起きる。
 さすがは、特警隊(特別警備隊)の隊長さんだ。無用な怒りや緊張の解しかたを知っている。それらの無用な感情の起伏が任務に当たる上で非常に危険だということを知り尽くしているようだ。浜田はそんな事を思いながら笑顔で頷くと、表情を引き締めてキャビンへ顔を向けた。
「了解。頼りにしてますよ。間もなく降下します。あの低い茂みの海側がいいですかね?」
 斜め下を指差す浜田の問いかけに特警隊隊長は、その方向を一瞥すると白い歯を見せ、
「もう少し左の。。。あの塀みたいな壁、ありますよね。あの海側に降ろしてもらえますか?相手は銃を持っている可能性があるので、遮蔽物が欲しいんです。降りられますか?」
なるほどね。餅は餅屋、と言う訳か。。。言われた位置を確認すると浜田は頷いた。こんな島に塀があるなんて、どんな人達が生活していたんだろう。。。かつての日本人の生活に思いを馳せる。もちろん中国人の立ち入る隙などそこにはない。浜田は、何となく河田の怒りが分かるような気がした自分を思考から追い出すように一度唇を強く結ぶと、気を取り直して答えた。
「OKです。塀も低いし、打合せ通り、土屋がドアを開けたら一気に降りて下さい。こちらも撃たれる恐れがないわけではありません。というか、一度は撃たれてますからね。すぐに離陸します。」
おどけるように言う浜田に、特警隊隊長が声を出して笑った後、真顔で口を開くと、
「もう二度とあんた達を撃てないようにしてやりますよ。」
と力強く言いながら、手にしている89式自動小銃を撫でて見せた。
 そして、89式自動小銃は、陸上自衛隊を始め、海上・航空も含めた3自衛隊が主力として装備している国産の自動小銃であること、それを海保でも使用していること、この他にもドイツ製のサブマシンガンMP-5もあるが、今回は、船舶の臨検のように狭い場所ではないので、あえて自動小銃を持ってきたことを、話したうえで、「これなら狙撃もできますよ。」と得意げに語った。
 なるほど、それは心強い。浜田は、もう一度振り返って、隊長の持つ89式自動小銃に目を遣る。映画で見るライフルの類に比べて丸みを帯びているのにスマートに見える辺りが国産っぽいな。と妙に納得してしまう。
「それならバッチリですね。よろしく頼みます。着陸態勢に入ります。」
と、浜田が言うと、キャビンの面々が異口同音に「了解」と返事をする。その声の力強さに、昇護の仇を打ってくれよ。と浜田は内心呟くと、右手を通り過ぎた塀に向かって急な右旋回をしながらどんどん高度を下げていった。
 着地の衝撃も感じないうちに機長席の浜田が周囲を警戒しながら親指を立てて見せると、
「開けます。」
 と大声で言いながら、キャビンの右側のドアを土屋が勢いよく開けた。
 土屋の目の前、30mほど先に大きな石を積み上げた塀が見える。年季の入って黒ずんだ塀の中央部には、通路だったのだろうか人が1人通れるだけの四角い穴が見える。
「ありがとう!」
と隊長は「うみばと」のエンジン音に負けない大声で礼を言うと、
「いくぞっ」
 とキャビン内の部下に向かって怒鳴った。
 駆け出した隊長のすぐ後ろに5名の部下が2列になって続いた。彼らが飛び出すと同時に土屋はスライドドアを閉めると
「ドアクローズド!」
と親指を突き上げて叫んだ。
「了解!離陸するぞ!」
と告げた浜田は、親指を立てて応える時間も惜しんでエンジンの出力を上げた。
 エンジン音の高まりとともにボトボトと空気を掻く音が低く響き始めると「うみばと」は、盛大な音の割には、ゆっくりと浮かび上がる。まるで真夏の熱い空気を掴むように必死にもがいているようだった。実際熱い空気は、冷たい空気に比べてロスが大きい。操作は自ずと慎重になる。
「ポジティブ」
と、昇降計を確認した副操縦士席の加藤が声を張り上げ、機体が上昇し始めたことを報告する。
「了解」
 安堵を含んだ浜田の声が心なしか明るく響いた。浜田は機体を前に傾けると、速度を増して海岸線へ離脱しながら、さらに上昇を続けた。
 念のため銃撃の危険を考慮して、高度300フィート(約300m)まで上昇すると、浜田は、上昇を止めて右に大きく旋回を始めた。
「土屋、いいぞ、撮影開始」
 浜田が合図をすると、キャビンの土屋は、再度しっかりとDVDカメラを構えなおした。この距離だとちょっとした手ブレでもブレが大きくなり手ブレ補正の効果は望めない。その構えのまま被写体を探して島の見える右側の窓から撮影を始めた。
 海上保安庁では、何らかの行動を起こすとき、必ずと言って良いほどビデオ撮影を行う。これは、証拠を抑えにくい場所での行動が多く、また、外国船の取り締まりなど国際的に微妙な問題を扱う際にビデオが強力な証拠となるためである。今回も、「うみばと」は、特別警備隊を島に送り届けた後、その行動をビデオに撮影することを命じられていた。
 向きが自在に変えられる小さな液晶モニターに、石の塀に張り付いた特警隊員がズームアップされ、塀に開いた通路のような穴から2人が向こう側を窺っているのが分かる。他の隊員はその2人の反応を伺うように塀に身を寄せている。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹