尖閣~防人の末裔たち
「私が見る必要がある。とはどういうことですか?私はもう、艦を降りた人間です。」
その言葉に答えずに、古川は早口で話しを続ける。今しかない、倉田に選択の余地を与えてはならない。リュックからDVDを取り出して、倉田に向ける。
「写真です。このDVDプレーヤーをお借りします。」
あの写真を見せるまでは、倉田に有無を言わせる訳にはいかない。
「写真。。。まあいい。分かりました。どうぞ。」
ありがとうございます。と古川は頭を下げて、操作を始めた。DVDプレーヤーがモーターの唸りを上げ、DVDのスキャンを始める。その音が落ち着いた頃に液晶テレビが明るく表示を映した。古川はリモコンを操作すると、小さな写真が一覧になって、表示された。漁船に、中国海警の船、そして海保のヘリコプター、それらの船を掠めるように飛ぶ海自のP-3C。あの日の魚釣島沖の現場を撮った写真だということが分かったのか、倉田の視線は画面に釘付けになっていた。古川は安堵の息を吐くと、
「これは、先日魚釣島沖で河田さんの漁船から撮った写真です。」
念のために付け加えた。
「これを私に見せてどうするんですか?息子の血を見せたいのかっ!」
倉田の顔が一気に赤くなった。まずい。古川は咄嗟に答えた。
「そんな気はありません。ただ、この写真を見て欲しいんです。」
急いで一覧からあの写真を選ぶ。俺は無神経かもしれない、記者の無神経さが被害者に与える精神的苦痛は、今に始まったことではない。多分俺もそう思われているだろう。しかし、これだけは伝えたい。
画面いっぱいに拡大された写真には、中国海警船と漁船の上空に海保のヘリが映っていた。
横目で倉田を見ると、じっと一点を見つめていた。きっとその目には、仕事をしている息子の顔があるに違いない。滅多に目にすることのない働く息子の姿が、どのように父の目に映るのだろうか。。。
「ここを見てください。少し、針のように像が歪んでいるように見えますが、、、今拡大します。」
古川は、リモコンを操作して拡大した。
「これは。。。」
倉田が思わず声を漏らす。
「そうです。銃弾だと思います。」
古川が倉田の言葉の後を継いだ。そして今度は少しずつ画面を引くと船の位置関係が見えてきた。その軌跡の先には中国海警船の陰から突出した漁船の前半分が映っていた。
「何っ、中国が撃ったんではないんですか。。。」
倉田の声が怒りに震えているのが古川にも分かった。
「はい。私はそう考えています。」
古川は、同情を込めて答えると慎重に言葉を続けた。
「ジャーナリストとして、これを世間に知らしめるのは簡単ですが、影響が大きすぎると思います。ですからもっと真相を掴んでみようと思います。
しかしこれ以上犠牲を出さないためにも打つべき手は打たねばならないと思います。海上自衛隊に持ち込んだら多分河田さんの息が根強いでしょうから揉み消されます。海保に渡しても、場合によっては闇に葬り去られます。。。警察もどうだか。。。
でも倉田さん、あなたは違う。父親であるあなたならきっと有効に対処してくれると考えました。このDVDは、倉田さんに差し上げます。是非お力添えをお願いします。」
古川は深く頭を下げた。その手が力強く握られるのを感じて顔を上げると、
「分かりました。ありがとうございます。確かに河田さんの力は隊内でも根強い。しかし必ず河田さんを止めて見せます。」
倉田が古川の手をしっかりと握って決意を述べた。その目には流れ落ちそうなくらい涙が浮かんでいた。古川も手を重ね、両手で握手をする形になる。
「よろしくお願いします。」
握る手に力を込めた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹