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尖閣~防人の末裔たち

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 P-3Cから、ロックオンされた。という報告を聞いたとき、私はシースパローの発射準備を命じました。こちらからもロックオンを掛ければ、中国の戦闘機の中にも警報音が鳴り響く、そうすれば、中国軍機は離脱すると考えたのです。勿論禁止されていることですが、待ったなしの状態でした。結果として何も起きなくても、ロックオンしたという事実が国際問題に発展する恐れももちろん分かっていました、、、しかも、あの時の私は、P-3Cが攻撃を受ければ躊躇なくシースパローを発射していたでしょう。。。幸い、照準してロックオンを掛ける前に中国軍機は離脱しました。。。
 記事にしていただいても構いません。上は揉み消そうとするでしょうが、これが事実なんです。そして、何も出来ないのが我々の現実なんです。挑発を止めさせることすらできないのが現実なんです。相手に何をされても撃たれなければ反撃できないのが我々の現実なんです。」
 古川の脳裏に、あの時河田の船で聞いた無線交信の緊迫した声が蘇ってきた。P-3Cのパイロットの声は、緊張しているようだったが、恐怖の色は見えなかった。しかも「助けてくれ」とさえ言っていなかった。撃たれるまで反撃できないということを知っていただろうに、撃たれればイチコロだ。戦闘機に反撃なんて不可能だ。と知っていただろうに。。。真の意味で勇敢なパイロット達。。。
「でも、なぜ自ら艦長職を。。。」
古川は、言葉を探るように尋ねようとたが、他に言葉が浮かばない。
「分からなくなったんですよ。30年も自衛官をやってきて、艦長として部下達を纏める立場にまでなってから数年が経ちます。そう、分からなくなったんです。なぜ今回のような行動を取ったのか、、、軍艦は、様々な武器を搭載してシステマティックに運用しています。御存知の通り護衛艦も同様です。まさに動く城です。そして、その艦長は城主みたいなものです。単艦で本国から遠く離れて行動している時、艦長は、一国の主のような立場になります。艦長の判断は、艦の運命を左右し、多くの乗員の運命を変えてしまいます。そして、その搭載された武器が与える影響は大きい。飛行機を落とし、100km以上先の船を沈めることができ、周囲の潜水艦を海の藻屑にすることができるんです。でもね、古川さん、そういった能力を持っているのに護衛艦の存在は無視されているのも同然なんですよ。。。」
相槌を打ちながらメモを取っていた古川は、顔を上げると
「護衛艦が無視されているんですか?」
合わせた目を気まずそうに手元に落とした倉田が話を続ける。
「そうなんです。自衛隊は、撃たない。というより絶対に撃てない。ということを見透かされているんです。それは普段接触してきての感触とか、経験則ではなく、国際的に言うところのROE(Rules of Engagement)、つまり交戦規定が曖昧なことが公言されているも同然な状態だからです。これは自衛隊で言うところの部隊行動基準というものなんですが、交戦を前提とした交戦規定を作成することには世論の懸念もあり、曖昧な部分が未だに多いんです。その中身については、各国様々ですが、要は、現場の判断でどこまで武器を使用していいかという基準です。手の内を明かすことになるので普通の国は詳細を公開していません。が、我が国はそうではない。簡単に言うと、撃たれれば撃ち返せる。それ以外は内閣総理大臣の命令が必要。ということが、他国に知れ渡っている。同盟国の部隊が攻撃されていても守ってやることは出来ないということすら明言しています。
 ですから、あの時も「いそゆき」の存在は無視されているのも同然でした。ハリネズミとまでは言いませんが、大量の対空ミサイルを持っている私達が近くにいるのを知っておきながら、うちのP-3Cを追いまわし、ロックオンまで掛けたんです。引き金を引かれれば、十数名の搭乗員は、P-3Cと共に粉々にされるんです。中国軍機が自主的に離脱してくれたから良かったものの、、、ロックオンは、「今から撃墜する」という意思表示なんですからね。」
熱を帯びてきた倉田の声に、古川は、顔色を伺うように頷く
「確かに、、、不幸中の幸いでしたね。」
古川が同情するように言うと、倉田が目を見開いて急に立ち上がった。そして強く握った拳を、テーブルに静かに突くと、声を荒げた。
「不幸中の幸い。。。ですか。。。よく言いますね。あなた方が、中国を煽るからこんなことになるんです。いや、中国側を挑発しておいて、我々自衛隊が身動きが取れない実態を赤裸々にする。そして世論に訴える。それが狙いですかっ!
 P-3Cの乗員や負傷者の搬送に来たUS-2の乗員を危険にさらして、、、
 負傷した海保のヘリパイロットは、私の息子なんです。
 分からなくなった。というのは、息子を救いたいがあまりにあのような行動を取ったのか?1人の人間として仲間を助けなければと考えたのか?何も出来ない腹いせが爆発したのか?今は思い出せません。ひとつ言えることは、自分でも驚くほど冷静に判断を下していたことです。そしてハッキリを分かっているのは息子を銃撃した中国が許せなくなったこと。。。
 私は常々、最前線にいる者は、公平でなければならない。と考えています。気に入らないから撃った。で戦争が始まったのでは誰も報われません。判断基準が分からなくなり、公平さも失ってしまった。だから艦を降りた。それまでのことです。
 私が話すべきことはもうありません。遠いところお越しいただき恐縮ですが、もうお引き取りください。」
テーブルについていた両手を離すと、倉田の手の平が真っ白なのが見えた。それだけ力を入れて握りしめていたということが、その想いの強さを物語っているように古川は感じた。息子を死の淵に追い込まれた父の怒りと、自衛官として自制しなければならない自分、何もできない中で判断しなければならないのに防人の苦悩。それを分かっていて追いつめるOBである河田。河田は彼らの為を、そしてこの国の未来を憂いて行動しているが、倉田にこれだけの苦労を強いていることを理解しているのだろうか?そしてジャーナリストとして一緒に行動してきた自分は、それを理解していただろうか、、、
「河田さんに、言っておいてください。あなたの考えは分からなくはない。しかし、その為に後輩に血を流すこと強いるやり方を、私は許すことができない。とね。
清水を迎えに呼びますので、お帰りの支度をしてここでお待ちください。私は失礼します。」
と吐き捨てるように言うと、深呼吸をした倉田は、
「今度はもっと違ったことで取材に来てください。今日は、声を荒げてしまいすみませんでした。」
苦笑をしながら頭を下げた倉田の顔に優しい笑顔が戻っていた。古川は、返す言葉がなかった。礼を述べるのが精いっぱいだった。
倉田がドアのノブに手を掛けようとした時、古川は、意を決して呼びとめた。
「倉田さんっ、待ってください。今の状態のあなたにこれをお見せするのは心苦しいですが、やはりあなたに見てもらう必要があります。もう少し時間をください。」
今度は、古川が声を荒げていた。
倉田は、驚いたように振り返ると、
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹