尖閣~防人の末裔たち
-いや、関係があるんです。今、古川は、石垣島の病院にいますが、意識が朦朧としているらしく、あなたを呼んできてくれ。と、うわ言のように言っているんです。言いたいことがあるらしいんです。。。船のマストで写真を撮っていて落ちたらしいんですが、打ち所が悪かったらしい。手術ができるようなレベルの怪我ではなく、医者は助からないかもしれない。と言っています。会ってやってくれませんか?チケットも手配してあるんです。あいつに会ってやってください。-
権田のまくし立てるような声が次第にゆっくりとなる。それが悦子にはすがるように、そして祈るように聞こえてきた。。。あの人が危篤ってこと?私もあの人に言わなければならないことがある。どうしても言わなければならないことが。。。でなければ私はもう前には進めない。。。チケットも取ってくれているとは、状況は切迫しているに違いない。行こう。ここで何もせずにいるよりは。。。もしかしたらこれが最後のチャンスになるかもしれない。。。
「わかりました。よろしくお願いします。」
-ありがとうございます。急ですが明日、朝の便で羽田から石垣に向かいますので、今夜は東京に泊って頂きます。勿論宿も手配してあります。現地まで私が付き添いますので心配は無用です。荷物の準備が終わった頃、お宅に伺います。何時頃伺えばいいですか?-
悦子の答えに安心したのか、権田の声が明るい口調になったように悦子は感じた。そして、昔と違って敬語で話していた権田に、時の流れを実感した。4年、か。。。
権田に時間を告げると、受話器を静かに置いた悦子は、そのままの姿勢で俯いたままになった。古川との日々が、走馬灯のように巡った。あまりにも鮮明な思い出、それがあの日、あの1枚の写真で止まってしまった。。。「自業自得」という言葉で、自分の気持ちを抑えてきた4年間。。。
いけない、早く準備しなきゃ。
顔を上げた拍子に何かが頬を伝う、手の甲で触るとしっとりと湿った感触があった。いつの間にか涙が蓄えられていたことに気付かなかった。
その涙が、悦子にとっての4年間が、周囲の環境のように時の流れとともに流され、変化していったのではなく、渓流の岩のように周りの流れに流されず、頑なに動かず止まったままだったのだということを彼女に訴えていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹