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尖閣~防人の末裔たち

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39.流れぬ岩のように


古川に合わせる顔がない。。。じっと携帯電話の画面を見つめていた権田は、
しかし、やらねばならない。今度こそけじめをつけてやる。あと少しで河田の喉元に届くんだ。
と、自分を奮い立たせた。古川にはどう思われるか分からないが、これで最後にしなければならない。或いは密着取材をしてきた古川は既に掴んでいるかもしれない。。。
携帯電話の時計は、14時15分を示していた。思ったより長くは眠っていなかったらしい。
 これが怪我の功名というのか微妙だったが、先ほどの河田からの電話ですっかり二日酔いが抜けてしまった権田の胃袋が空腹を訴えていた。頭と体が一致してない。。。ったく、どいつもこいつも自分勝手なやつらだぜ。権田は、自分自身に苦笑すると、冷凍庫から冷凍食品のチャーハンの袋を取り出し、中身を皿に出した。パラパラと小気味よい音を立ててあっという間に皿を覆い尽くした。電子レンジが調理をしてくれている間に、権田は、仕事机に置かれたノートパソコンを開いて電源を入れた。香ばしい香りが鼻をくすぐると、腹が鳴りだした。ま、頭がどんなにプレッシャーでやられてても一緒になって、体まで参ることはないってことだな。これは特技なのかもしれん。この歳になってこんな特技に気付くなんてな。権田は再び苦笑した。電子レンジがメロディーを奏で、仕事を終えたことを伝えると、権田は、殆ど何も入っていない食器カゴからスプーンを取って電子レンジを開き、熱くなった皿に用心しながらノートパソコンの隣に運んだ。既にノートパソコンは起動を完了していた。ウィルス対策ソフトのアイコンが画面の右下で動いている。自分が使えるソフトだということをアピールしているようで、いつも権田の目には滑稽に映るが、今日は一際滑稽に見えた。あってもなくても同じような気がするが、ないと困る。。。なるほど、軍事力を妻に説明するときに使えば良かったな。。。権田は、こじんまりとした仏壇を眺めた。写真立ての中で微笑んでる妻は根っからの平和主義者だった。権田の仕事の大切さは理解してくれていたが、その中身を理解しようとはしなかった。当然権田の記事を読むこともしなかった。ま、今さらどうしようもないわな。。。権田はチャーハンをかき込みながらノートパソコンを操作した。相変わらず旨いな、自分で作ったらなかなかこうはいかない。しかも安い。
 権田は、まともに料理を作らない。だが、料理が作れないわけではなかった。妻が生きていた頃は、よく料理を作ったのだが、、、
 権田はまず、インターネットで時刻を調べた。路線検索サイトで、到着時間から検索したり、出発時間から検索したが、どう考えても今から出て、石垣までは無理だ。そもそも検索サイトで調べなくても分かり切ったことかもしれない。あるとついつい頼ってしまう。権田は苦笑しながら、今夜東京まで出て一泊して朝の飛行機に乗るプランを頭の中に思い描いた。経路が頭の中でまとまると、もう一度パソコンに向かう。今度こそ路線検索サイトの出番だ。
 荷物をまとめて16時頃までに新宿まで出れば、16時9分発のJR湘南新宿ライン快速一本で小山に17時20分には着いてしまう。こないだ飲んだ時の古川の話では、えっちゃん-田中悦子-は、古川と離婚してからもいまだに独り身でいるらしかった。ということは、仕事をしているだろうから、丁度帰宅する頃だろう。確か役所に勤めていると言ってたっけな、それなら余程のことがない限り定時で帰宅してる。いや、離婚の原因になった浮気相手が同じ職場にいた筈だ。。。でも、役所を辞めることなどしないだろう。取りあえず駄目元で電話をしてみるか。。。
 権田は携帯電話で先程のメールを開いて添付の写真を開く、その写真に写る住所と電話番号を小さな手帳に書き写し、さらに電話番号は携帯電話のメモリに登録した。
 登録した電話番号を呼び出して耳を当てる。呼び出し音が10回続いてから留守電のメッセージに切り替わった。呼び出し音が多かったということは、この電話が、留守電に設定してから最初の電話だということになる。次の電話からは、3回程度の呼び出し音で留守電に切り替わるだろう。ということは、河田達はえっちゃんには手出しをしておらず、完全に俺に委任しているということだな。それならまだ気は楽だな。権田は携帯をしまった。
 権田は再びパソコンに向かうと、検索した行程を紙に書き出した。これでえっちゃんに説明しよう。俺のことを覚えてくれていれば話は早いが、忘れていても、古川が新聞社時代の話をすれば不審には思われないだろう。古川には大怪我をしたことになってもらおう。そうすれば躊躇することもないし急いでもくれる。
 飛行機は、すぐに予約が取れた。明朝8時55分羽田発のJAL907便で那覇へ向かい、那覇からは12時25分発のスカイマーク563便で石垣島へ向かう。スカイマークは那覇~石垣間まで飛ばしてるのか、大したもんだ。。。石垣島には13時25分に着く事が出来る。あとは田原に迎えに来て貰えばいい。どうなることやら。。。権田は、ペンタイプのICレコーダーの電池残量をチェックするとワイシャツの胸ポケットに挿した。こいつはどう見てもボールペンにしか見えない。今までもバレた試しはない。こいつが担保だ。あとは祈るしかない。夏の装いはポケットが少なくて焦るぜ。。。
 続けて、浜松町近辺のビジネスホテルの空き部屋を探す。夏休みも大詰めなためか、家族連れらしい予約で、どのホテルも殆ど満室だった。まさか同じ部屋に泊まるわけにも行かないからな。と苦笑しながら、空き部屋が1つのホテルを素通りする。駅毎に探していくと、やっと大崎駅の周辺にビジネスホテルを見つけた。早速ホームページから2部屋予約を取り、情報を自分の携帯にメールで転送した。
 権田はショルダーバッグに簡単に荷物を詰め込むと妻の仏壇に手を合わせた。守ってくれ。権田は呟いて顔を上げると、室内をゆっくりと見回してから玄関へと急いだ。

 1DKの部屋が横並びに7部屋連なる2階建てのアパートの両端に設けられた屋根のない階段を昇りきった角部屋が悦子の部屋だった。独身の若者が多いこのアパートでは、夜中に階段を上り下りする無神経な足音と寂しさを際立たせる男女の声が苛立ちの種だが、角部屋だから階段側にも窓があるのがお気に入りだった。他の部屋と違って、風は抜けるし、出窓になっているのも気に入っている。可愛らしい小物や、小さな鉢植えを置いて眺めるのが楽しみの1つになっていた。だから多少の事は我慢している。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹