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尖閣~防人の末裔たち

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38.しがらみ


 古川は、荷物をまとめてホテルの食堂へ行き、朝食を採っていた。空になった皿を満足気に一瞥すると、腕時計を見た。7時25分。8時01分発のJR山陽本線には、十分間に合うだろう。
 山陽本線を小倉まで普通列車で行き、17時過ぎに小倉からは、JR特急「きらめき」で博多まで行き、博多からはJR特急「みどり」に乗り換えて佐世保には20時23分に到着する予定だ。たまにはのんびりと鉄道の旅もいいだろう。。。そうそう、昼飯は、乗り換えの時間が長い糸崎で買おう。
 もし俺を捜している奴がいたとしてもまさかこんなルートで佐世保へ向かっているとは分からない筈だ。この間に、権田さんが、倉田艦長への取材のアポを取ってくれれば、佐世保で捕まることはない。アポをとった記者が行方不明では海上自衛隊の立場が危うい。彼らは全力で真相を探そうとするだろう。そんな無茶を河田がする訳がない。
 古川はカップに残った冷めたコーヒーを飲み干すと席を立った。

「なんだ。。。」
 権田が声に出さずに呟く、何かが振動する音がし、その振動を腕全体が感じ取る。なんだかよく分からないがひどく頭が重い、確かめるのも億劫だ。だんだん聴力がハッキリしてきたらしく、メロディーがガンガン頭に響く、あっ会社からの電話だ。今日俺は休みだぞ。なんだこんな朝早くからっ。手を動かして携帯電話を探るが感触はない。その手がグラスに触れたのを感じて、権田は慌てて目を開いた。
 目の前に結露した水のを敷いたようなグラスが見えた。つまみがだらしなく散乱している。動かさなかった方の腕がテーブルにダラリと伸びている。
 俺は居眠りをしてしまったらしい。しかもかなり飲んだようだ。
 権田は携帯電話を見つけると、ボタンを押した。
「お休みのところすみません。佐世保の海自とのアポ取れました。詳細は御自宅のパソコンにメールしましたので、そちらを見てください。」
職場でアシスタントをしている高村美枝子の甲高い声が耳に突き刺さるように響く、こういうときには聞きたくない声音だったが、良い知らせに救われる思いがした。
 権田は礼を言って電話を切ると、机に向かって歩き、パソコンを起動した。溜息と共に椅子に座る。頭がズキズキと痛み、胃が吐き気をもよおしている。
 メールを確認すると、30通余りのメールが受信されていたが、高村からのメールはすぐに分かった。件名が目立つように頭に目的を【 】で囲んで書いておくという権田の教えを忠実に守っていたからだった。このメールも「【取材OK】海自佐世保基地」と書いてあった。あいつめ。権田が二日酔いの苦痛で歪んだ顔をほころばせた。
 メールを開くと、海上自衛隊佐世保基地広報隊の担当者からのメールに几帳面な高村の文章が添えられていた。今度は、権田は苦笑する。一瞬忘れていた痛みが蘇る。こういう文章は簡潔に。というのが権田の教えだった。
「惜しい。70点」
と権田は呟くと、添付ファイルを確認して古川に携帯電話を開いて古川に電話を掛けた。携帯電話の時計が目に入った。すでに11時を過ぎていた。。。
どうりで暑いわけだ。。。権田は、エアコンの設定温度を2度下げた


 古川は2度目の乗換えのために広島県 糸崎駅で電車を降りた。ネットで路線検索をした結果、同じ山陽本線を行く普通列車なのに、姫路から小倉までの間に4回も乗換えがある。それだけ長い距離を旅しているということか。。。いわゆる「乗り鉄」ではない古川でさえ、時間さえあればこんなローカルな旅もいいな。と思い始めていた矢先だった。
「やっぱりな。。。糸川駅には何もないか。。。」
駅構内を歩き回る間でもなく、駅弁屋の類がないのは一目瞭然だった。尾道糸崎港が間近なため、船の汽笛や、潮の香りが、潮風に乗って古川に旅の情緒を伝えてくるのがなおさら残念だった。これで駅弁があれば完璧なのにな。。。
 古川は仕方なく、港とは反対側の駅の北側に出てコンビニへと歩いた。
 コンビニで弁当と「旅行みたいなもんだから」と自分自身に言い訳をしてビールと酎ハイ、つまみを買い込むと、駅へと足早に歩いた。駅のホームに辿り着いたところで携帯電話が鳴っているのに気付いた。車内でなくて良かった。マナーを重んじる古川は、普通列車では絶対に電話を取らない主義だった。古川にとっては、マナーを気にしない輩の行動が信じられず、時には腹立たしく感じる。
 ベンチに買ってきた弁当と酒の類を置くと、携帯電話を取り出した。電話は権田からだった。
「はい古川です。先日は御馳走様でした。はい。。。えっ、明日10時ですか。。。飛行機はとらなくて大丈夫です。実は今、広島なんです。えっ、ただの旅行ですよ。男の気ままな1人旅です。はい。十分間に合います。ありがとうございます。そうですね、メールで送ってください。ええ、自宅用のアドレスでいいですよ。あっ、添付ファイルは、、、Wordですか、、、今パソコン持ち歩いていないので、、、だって旅行ですもん。。。古いDoc形式に変換してお願いします。えっ、モバイルギア持ち歩いてますから、、、ははは。そうです、あの白黒画面のパソコンみたいな形したやつです。まだ使ってますよ。あれは格別ですよ。すみませんね。」
権田が、護衛艦「いそゆき」艦長への取材のアポが取れたことを伝えてきた。権田の声は沈んでいるようだったが、話し方はいつも通りのノリだった。鼻が詰まったような声から、権田の機嫌が悪いのではなく、飲み過ぎか風邪のどちらかだろうな、と、古川は思った。それにしてもナイスタイミングだ。権田は急で申し訳ないと言っていたが、今夜佐世保に泊まることになっている古川にとっては、あつらえたようにピッタリな日程だった。しかし、あまり細かい行程は言わないほうがいいだろう。どこまで河田と繋がっているか分からない。まだ追われる身と決まったわけではないが、用心にこしたことはない。。。
-ところで。。。-
 権田が気まずそうに言葉を区切ったので、古川は反射的に身構えたのか、勝手に背筋がピンと伸びるのを感じた。
「あ~、写真の話ですか?。。。いえ、ざっと目を通しただけですが、なんでそんなに河田さんが買い上げにこだわるのか、分かりませんよ。。。はい。分かりました。ありがとうございます。失礼します。」
 権田は、再度先日飲んだ際に話していたことを持ち出してきた。
 きっと、田原さんか河田さんが権田さんをフォローしたに違いない。権田さんにはとぼけて見せたが、時間の問題だろう。。。古川は、正確な居場所を権田に告げずに良かったと。安堵の溜息を漏らした。それでもやはり河田があきらめていない。と知ると分かってはいたが不安が消えるものでもない。古川は長く息を吐きながら、老人のようにゆっくりとベンチに座り込んだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹