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尖閣~防人の末裔たち

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、田原はビジネスバックからA4サイズの茶封筒を取り出して、中の紙を1枚権田に見せた。いくつかの写真を載せたその紙の殆どの写真には、権田の知る鈴木浩一の顔があることに、すぐに気付いた。しかし最後の1枚がおかしい、大きな対艦ミサイルの発射筒を舷側に斜めに並べた、「いかにも東側」なデザイをした中国の軍艦をバックに収まった白い制服姿の男の顔。信じたくなくて何度も見た。意味がないと分かっていても、今度は角度を変えて見てみた。でも結論は同じ、鈴木浩一だった。
何故だ。。。権田は顔を上げた。紙を持つ手が震えているのを権田は止められなかった。
「中国人です。気付かなかったんですか?元中国海軍大尉で、現在は中国人民解放軍総参謀部第二部つまり、軍の諜報機関の少佐というのが我々の得ている情報です。」
 田原は、権田の動揺の真偽を確かめるようにゆっくりと表情を見ながら真実を述べた。
「知りません。まさか中国人だとは思わなかった。。。フリーランスのジャーナリストとして彼がネタを我々に持ってきて、我々はそれに乗ったんです。ただ、、、我々も人手不足で、彼と一緒に取材をすることになったんです。そういった過程で得た情報は、包み隠さず共有していたのです。」
言葉を探しながら答える権田の声はかすかに震えていた。それが怒りのためなのか、恐怖のためなのか、それは田原にとってどうでもいいことだった。田原は不敵な笑みを浮かべてさらに続けた。
「そうでしたか。。。あなた方が彼からどんなネタを提供されたかまでは詮索するつもりはありません。しかし得た情報を彼に与えてしまったことが問題なのです。我々は既に情報が中国に渡ってることも掴んでいる。ようするに取り返しのつかない重大な事件です。」
権田の表情が無表情になり、どう答えたら窮地に陥らずに済むのかという自己防衛本能を示していた泳いだ目は、完全に動きを止めた。
 百戦錬磨の新聞記者でも所詮人間だ。田原は心の中で呟くと、これまで何十人と見てきた人間と同じレベルにまで防御力の落ちた権田を見つめた。その直後、権田の目に生気が蘇ったように見えると。
「そもそも情報が漏れた。と一方的に仰っていますが、どんな情報なのでしょうか?今回の取材は殆どが、自衛隊関係者からインタビューしたものです。だいたい、その情報を我々に流してしまったあなた方に問題がある。とはお考えにならないんですか?責任転嫁だ。」
 権田は、思いついたように煙草を取り出すと、落ち着いた素振りで火を着けた。
 田原は、権田の反撃に一瞬怯んだが、完全に予想外という反応ではなかった。ただ、上手く絡め取ることが難しいと感じただけだった。
「情報ね。。。SOSUS。御存知ですよね。。。そして、SOSUSが捉えた新型潜水艦の音量がこれまでの「うずしお」級潜水艦より何デシベル高い、という具体的な数値を述べましたよね。あちこちから聞き取った結果をご丁寧に一覧にした資料をお作りになった。
 確かに、そういった事を漏らす我々も問題だ。それは認めます。ただし、1人の人間が全ての情報を漏らした訳じゃない。今回はそれらがひとつにまとめられたことで重要な防衛機密となったんです。それをみすみす中国のスパイに渡すなんて。そこがいちばんの問題なんです。お分かりですか?」

 SOSUSは、周辺海域の海底に設置した多数の水中マイクのような装置をネットワーク状に繋いだもので、通過する船舶の音を拾っていた。音紋、即ちその船の音の特徴を掴んでいれば、その船がどこを航行しているのかが一目瞭然となるシステムで、潜水艦に対しては特に有効なシステムだった。何故ならば、音紋を把握されている潜水艦は、SOSUS上で居場所が「丸見え」になるからだった。同様に音紋を取られた潜水艦は、他国の潜水艦や、水上艦艇から姿を隠していても音を聞かれただけで、どこの何という潜水艦かということがバレてしまう。端的に言えば「海に潜る意味がなくなる」ということだった。

「たかだか音量の差が、なんで防衛機密なんですか。確かに具体的な数字を出しましたが、従来艦との単なる比較でしかありません。
 この取材は、新型なのに何故従来艦よりも「うるさい」のか?ということを問題にしたものです。今までより、どれくらい「うるさいか」をまとるのは当然のことです。
 そもそも。。。国民の税金を大量に注ぎ込んでいるのに、あまりにもお粗末だ。と言いたくて始めただけです。そうした上で、原子力潜水艦を持つことにアレルギーを持った国民が、通常動力艦で今以上の性能を求めるならば、どうすれば良いかを問いかける企画だったんです。もっとお金を掛けるのか、時間を掛けるべきなのか、やっぱり原子力潜水艦にすべきなのか。。。」
 権田は、言い澱むと殆ど吸わずに灰皿の上で細い煙を出しながら、短くなってしまった煙草を念じ伏せるように揉み消した。
「お粗末。。。ですか。。。ま、それはありがたい企画ともいえますが、今日はそれを論じるために来たのではありませんからね。
 単なる音量の比較。と仰いましたが、その数値が具体的であるという事の重大さを御存知ないようですね。並の海軍ならば、周辺国の潜水艦の音紋や、それに類するデータは収集済みのはずです。中国だって例外ではない。。。比較できる数値を得た。ということは、何らかの潜水艦の音をキャッチした時に、音量の数値に、あなた方が教えた数値を足せば、それが新型潜水艦かどうか分かる。ということになるんです。ですぐに音紋も取られてしまう。いや、音紋を取る必要さえ感じないかもしれません。しかも、御丁寧に各海域のSOSUSでの音量の比較まで教えてしまっている。SOSUSの位置情報まで載っている場所もある。。。ハッキリ言ってあなた方のお陰で新型潜水艦は、潜る意味がなくなってしまった。。。」
物腰、これまでの会話で、田原を冷静で穏やかそうな人だと思っていた権田は、田原の口調が苛立たしげになってきたことに若干危機感を抱いていた。訴えられたりしたら、もうこの世界で記事を書けなくなる。。。いや、社自体の信用に関わってくるだろう、旭日新聞あたりは、ウチを袋叩きにしてくるだろう。。。もしかしたら逮捕されるかもしれない。。。
 返す言葉が見つからない。もはやこれまでか。。。権田は背筋が凍るのを感じた。
「事の重大さがお分かり戴けましたか?」
田原の覗き込むような目に、権田は頷くしかなかった。
田原は権田にすっかり生気がなく、諦めの表情を見せていることを確認するかのように頷くと、
「ここからが本題です。これからお互いにどうするか?」
新たな話を切り出そうとする田原に権田が驚きで目を見開くと、権田の返事を聞くまでもなく田原は話し始めた。会ったときに感じた穏やかそうな人柄は不貞不貞しい笑みを浮かべていた。。。

 それから1週間後、海上自衛隊の一等海曹が、交際していた中国人の女に潜水艦に対する防衛機密を渡したとして、逮捕された。さらに一週間経って、新型潜水艦の就航を1年遅らせるという発表がなされた。それと時を前後して、権田の元に田原から電話があった。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹