尖閣~防人の末裔たち
これでは国を守ることができないのは小学生でも分かる簡単な足し算と引き算だ。もしかすると、河田達にはこの問題を解決するまで老後は訪れないのだろうか。。。
ぼんやりと考えていた古川は、どっと湧いた老人達の笑い声に現実に引き戻されると共に河田達が不憫に思えてきた。。。
田原は、自らハンドルを握る日産マーチを古びたアパートの駐車場の隅に止める。白線は引かれていないが住民の邪魔にはならないだろう。一瞬で周囲を確認した田原は、エンジンを止めて
「いくぞ」
と声を掛けた。
広田と藤田が返事をして車から素早く降りると、田原が降りるのを待っていた。
駅からタクシーを使うのが手っ取り早いのだが、タクシーだと何かと足が付く。レンタカーなら偽名でも借りられるのでレンタカーを借りたのだった。ナビはログが残るのでどこを走ったのか分かってしまう。本当ならナビの付いていない車が良かったのだが、今時ナビが付いていないレンタカーは少数派だった。そんな田原の心配をそよともせずに、広田がナビの設定を変えて返却前にログを消せると、事も無げに言った。こういう場面に出会す度に、電子戦の出来る奴ってのは、画面が付いていれば何でもできる人種なのかもしれない。と田原は内心思うのだった。何歳になってもその機能を使いこなすセンスは変わらないのかもしれない。広田は海上自衛隊で電子戦の分野では右に出る者はいないと言われるほどの専門家だった。
田原が部屋の番号と表札を確認すると、大きく頷いた。それを合図に広田は電話を掛ける振りをし、田原は手帳にメモを取る振りをしながら背中でドアノブを弄る藤田の手元を隠す。陸上自衛隊出身の藤田は、ジャングル戦から市街戦までこなす最強の肉体と技術を持った男だった。中肉中背のスポーツ刈り、白髪のない張りのある顔はとても40歳には見えない。藤田にとってこの古いアパートのドアをピッキングすることなど、市街戦の第一歩にもならないくらい稚拙なことだった。十数秒で心地よい金属音を立ててロックが解除されると、小道具を素早くしまった藤田は、ドアを少し開くと一気に中へ入った。異常がないことを確認した藤田は、不審に思われぬように何食わぬ顔で扉を開けて田原と広田を部屋に招き入れた。
田原は、キッチンを兼ねた短い廊下を大股で過ぎる。コーヒーメーカーの類は几帳面に洗って食器入れに干されている。パッと見た限りでは、慌てて飛び出したようには見えない。奥の部屋の机の上も同様に整然としており、今回の古川の旅行が突然ではないことを物語っていた。そして何よりそれを証明しているのが机の上に置かれた黒く角張った形のノートパソコンだった。え~と確かIBMの何とかっていうパソコンだったな。田原は、尖閣に向かう前、古川と何度目かの打合せを行った際に、いつものように古川が携えてくるこのノートパソコンの話をしたのだった。ただの話題作りというよりは、実際にノートパソコンの購入を検討していた当時の田原にとって、真面目な話だった。巷の電気屋で売り出されているパソコンは白だの赤だの若者向けなのか女性向けなのか分からないデザインが多い、黒を見つけてもやたらと光沢があってケバケバしい。そんな時に、古川が持ち歩いているノートパソコンが田原の目に留まったのだった。ツヤのない黒に、角張ったデザインが玄人っぽい。。。
「間違いない。。。これが古川さんが持ち歩いているパソコンだ。」
広田は、田原の言葉に頷くと、自分が持参したノートパソコンを古川のパソコンの傍らに置くと、電源を入れた。そして、煙草の箱を薄くしたようなケースと、精密ドライバーをカバンから取り出すと、古川の黒いノートパソコンを立てて、底面のネジを精密ドライバーで緩めて、L字になって側面を塞ぐカバーを外す。その中からハードディスクを丁寧に引きだした広田は、煙草の箱を薄くしたようなケースにハードディスクを入れ、USBケーブルで広田のパソコンに接続する。
3人の目が広田のパソコン画面に注目する。画面には、接続した古川のパソコンのハードディスクが外付けのドライブとして認識されたことを示していた。
そして、時間を惜しんで古川のハードディスクのウィルス検索をキャンセルすると、広田は、アクセサリからコマンドプロンプトというソフトを起動した。黒い背景の地味なウインドウに白い英数字が並んだ味気ない画面だった。
広田の指が水を得た魚のようにキーボードの上を泳ぎ回る。田原も藤田も黒い画面の中に怒涛のごとく湧きあがる白い英数字の意味は全く分からなかったが、その神業に目が自然と吸い寄せられていた。
急に広田の指が止まり、画面に踊っていた白文字が止まった。
「う~ん。ライティングソフトはインストールされてませんね。」
広田の拍子抜けした声に、田原は胸を撫で下ろした。手段は違えど、我々に似た危機意識を持つ古川を巻き込みたくはない。。。
「問題の写真のフォルダーはこれですね。」
黒い画面の白文字を確認しながら、広田がフォルダを開いてみせた。石垣島で河田と何度も確認した写真が小さな画面の中に所狭しと並ぶ。
「ん。。。時間がおかしいな。。。」
何枚かの写真のプロパティーを見比べていた広田が、そう呟くと、再び黒いコマンドプロンプトの画面を前面に出す。何やら素早く文字を打ち込むと、何行かの英文が一度に書きだされた。
「くそ。。。駄目です。。。ライティングソフトは古川さんのパソコンにインストールされていたんです。それを昨夜アンインストールしています。。。」
広田が唸るように言った。
「ということは、古川さんはあの写真の存在に気付いた可能性があるということなのか?データをDVDとかに複製した可能性があるということだな?」
田原が早口でまくし立てる。
広田は、田原の言葉に頷きながらキーボードの上で指を躍らせるように動かしていた。
「そうですね。ん。。。でました。昨夜3回、書き込みをしています。そのデータサイズは3回とも同じ、ということは、同じものを3枚複製したということですね。。。」
田原は、動悸が速くなるのを感じたが、部下の手前落ち着かねばならない。と自分に言い聞かせた。
「ということは。。。それが写真のフォルダと同じようなサイズだとすると。。。」
田原が念を押すように言う。早合点で古川を巻き込むわけにはいかない。
「はい。書き込む際の命令文とかもありますので全く同じサイズにはなりませんが。。。ほぼ間違いないでしょう。この写真フォルダーが3枚のDVDに複製されています。」
広田がキーボードに文字を打ちながら、画面を確かめると、田原の方を振り返る。
「そうか。。。では、古川さんは、あの写真の存在に気付いて、写真データを複製した。。。そして書き込みソフトを削除することで、複製をしていないことを装おうとしたんだな。。。ということは、我々がここへ来ることも予測していた。という訳か。。。いずれにしてもデータは復活できないように削除してくれ。そのうえで、古川さんのパソコンに戻しておいてくれ。
藤田君は、私とDVDが無いか探してくれ。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹