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尖閣~防人の末裔たち

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 漁船が撃ったことを信じたくない古川は、中国海警船の位置を何度も確認するが、古川が乗っていた「やまと」と「やはぎ」の間の中国海警船よりも矢作は前方に突出しているし、「やはぎ」の向こう側の中国海警船の姿は視界の外にある。漁船よりも大きい中国海警船が「やはぎ」の向こう側に並んでいれば「やはぎ」の向こう側にその船体をはみ出させている筈だ。しかしその船体は後方に置き去りにされ「やはぎ」の後部に重なる程度にしか追い付けていない。やはり、傷らしきものはどう解釈しても「やはぎ」から一直線に海保ヘリに向かっている。日本人が日本人を撃つなんてあり得ない。しかも河田さんは元海上自衛隊の人間だ。しかも最高のポストである海上幕僚長まで登り詰めた男だ。そんなことをする理由が分からない。やはり何かの弾みで埃が写ったのだろう。それが証拠に次の写真にはもう写っていない。古川は次の写真を拡大した。そこには傷は写っていなかった。そのまま上へスクロールさせると、機体を右に少し傾けたヘリのコックピットの床に穴が3つ見えた。それは、皮肉なことに前の写真の傷の方向と一致していた。古川の背筋に悪寒が走り、汗ばんだシャツがひんやりと背中に貼り付くのが不快極まりなかった。
 古川は、とんでもない事件に巻き込まれたことをようやく理解した。時計は既に23時を回っていた。
 古川は迷いつつも権田に電話をしようと携帯電話を取り出した。ふと、脳裏に今日、酒の席で電話を受けた後の、権田の苦悩に満ちた顔が浮かぶ。いや、やめておこう。もしかしたら権田さんはこの件をすでに知っているのかもしれない。権田さんはどこかで河田さんと繋がっている可能性だってゼロじゃあない。だから俺は、今日の酒の席でも河田さんがCICをハッキングしている事実を言わなかったんだ。じゃあ、どうする?まずはこの写真データを守らなければならない。
 古川は、写真データをDVD-ROMディスクにコピーすることにした。自分が肌身離さず持つ1枚。どこかに証拠として提示する1枚。そしてもしもの時のためにどこかへ隠し持つ1枚。計3枚作った。とりあえずデータを複製すれば安心だ。あとは、これからの行動をどうするか?だ。古川は、落ち着きのない手つきで久々の煙草に手を出す。もう2日は吸っていなかった。吸わなくてもいられる。と思っていた矢先にこの体たらくだ。しかし、今は煙草でも吸わないと落ち着けない。古川は自分に言い訳をするようにジッポで火をつける。軽く吸い込むと久々に吸ったためか、まだ酒が大量に残っているのか、目眩が古川を襲う。
 古川は片手を机について椅子に座り込む。やはりあれは弾丸で、何らかの方法で河田がAKを入手したということか。。。だとしても、そもそも河田はどうやってあの写真の存在を知ったのだろうか?写真を撮られた可能性があると考えてどうせだったら全てを買い取ろうとしているだけなのかもしれない。それなら、問題の写真だけ削除して全ての写真データを渡せばいいんだ。俺は何を焦っているんだ。古川は独り苦笑するとノートパソコンの写真データを別のフォルダにコピーし始めた。コピーが終わったら問題の写真データだけを削除すればいい。古川は、少し気分が楽になった気がした。CtrlキーやAltキーを組み合わせたショートカットキーを巧みに使って作業をする。鼻歌さえ出てきそうだった。そういえば、パソコンを貸してくれたあの広田って男、かなりパソコンに詳しいんだろうな。意地になって俺もショートカットキーを使いまくってメールを送って見せちまったが、あの人にしてみれば、俺なんて取るに足りない素人なんだろうな。きっと河田の船団のシステムは、あの広田が中心になって開発したのだろう。広田の顔と、メールを送った際のやりとりが古川の頭に再現される。
「しまった!」
古川は、ろくに吸っていない煙草を揉み消すと突然立ち上がった。
 あのメールを送るとき、俺は船のパソコンに写真データを全てコピーしたんだった。その方がメールで送る写真を選びやすかったからだ。そこまでは良かったが、やっぱり俺は素人だ。
 古川は、両手を机につくと、項垂れた。船のパソコンにコピーした写真データを削除していなかったことに今さら気付いたのだった。河田達が全てを知っているということは、もはや疑う余地もないこととなった。この写真が明るみに出るくらいなら何でもするに違いない。金を貰って渡したとしてもそれじゃあ済まされないだろう。フィルムを使っていた時代の写真なら、ネガさえ手に入れてしまえば複製は出来ない。しかし、デジカメの写真は、電子データだ。幾らでもコピーできる。コピーの可能性を全て潰さねばいくらでも拡散するということだ。あの写真を古川が持っていることを知られた時点で、コピーしていない。拡散させないと誓ったところで誰が信じるのだろうか?
 どれくらいの間そうしていたのだろう。古川は我に返ると真っ白になった頭を落ち着けるためにシャワーを浴びた。何か思いつくかもしれない。

 まず、逃げよう。頭を洗いながら古川は考えた。そして時間も稼がなきゃならない。いざというときの切り札も必要だ。そして、強力な見方が必要だ。単に警察に駆け込むのは簡単だが、そもそも警察でいいのか?自衛隊?海保?
 俺だってジャーナリストの端くれだ。とにかく真相を確かめるまでは引けない。。。
 小銃の弾が写真に写るなんて。。。たまたま太陽光が弾丸に反射したんだろうな。様々な条件があの瞬間に凝縮されて、見えなくてもいいものを可視化してしまったんだな。
 俺は運がいいのか悪いのか。。。これからに掛かっているな。。。


「やはり、駄目だったか。。。
古川さんは、あの写真に気付いているようだったのか?」
ソファーに身を預けたように悠々と座っていた河田が、何度目かの電話から戻った田原を見上げた。
「いや、気付いていないようです。丁度権田さんは古川さんと酒を飲んでいるところでして、我々が写真を欲しがっているという話をしたところ、不思議がってはいたそうですが、まだ全てに目を通していないということで、断られたそうです。彼との付き合いが長い権田さんが言うのだから間違いはないでしょう。」
田原が穏やかな口調で説明した。
「しかし、いずれ気付く。その時にどうするかだ。」
河田は、顎をさすりながら呟く。
「権田さんの話では、古川さんは近々護衛艦「いそゆき」艦長にインタビューするため、佐世保へ行く予定があるそうです。その留守中にデータを破壊してしまう。というのはどうでしょう?」
 田原は声を潜めて言った。河田と2人きりとはいえ、あまり堂々とできる話じゃない。
「それは。。。空き巣まがいのことをしろということか?古川さんが、あの写真の真相に気付いてなければ勝算はある。藤田君に行かせるのか?」
河田は、手で田原に座るように勧めながら話を詰める。
「そうですね。陸自(陸上自衛隊)で特殊戦を教えていた彼なら空き巣なんて朝飯前でしょう。ジャングル戦から市街戦まで、何でも出来ます。古川さんのパソコンを調べるために広田君も同行させます。」
 田原は、我が意を得たり、と言わんばかりに声を弾ませた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹