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尖閣~防人の末裔たち

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机の下から引き出した椅子に溜息をつきながら深く腰掛けた倉田は、コーヒーをひと啜りして机の奥に立った2つの写真立てをぼんやりと見つめた。
1つは着物のような産着に包まれた色白の赤ん坊を抱えた20代前半の薄い青色のスーツ姿の女性とそれに寄り添う30近いダークスーツを着た男性、そして着物姿の40代半ばの女性、ま、40代半ばというのは見た目であって、実際は51歳だがね。ふと口元を緩めた倉田は、妻の由紀子の笑顔をじっと見つめ、そして丈治という名の赤ん坊の顔、若い女性の顔、そしてその婿の顔を見比べて、誰に似ているのかな?娘の美咲は俺に似ているな、といつもの思考を繰り返した。そして娘のこの写真に自分が写っていないのを当然に受け止め、残念にも思わない自分にこれまでの生活を振り返った。この写真は、倉田の娘、美咲の息子、倉田にとって孫のお宮参りの写真だった。普通の家庭であれば、おじいちゃんがシャッターを切ったから写っていないというのが大半であろうが、この写真の場合は、単身赴任なおかつ航海中の倉田が不在なのためで、ある意味仕方のないことなのかもしれない。それでも俺は幸せだった。と思う。妻の由紀子や子供達はどうかと心配にはなるが、こうして孫まで出来た。長い洋上勤務で家を空けることが多かっただけでなく、幹部である倉田は転勤が多い。父が亡くなったのをきっかけに土浦の父の家を建て替えるまでは、転勤の際は家族共々引っ越しをしていた、いわば転勤族だった。土浦に家を構えたのは、子供達が中学生の頃、以降家族は土浦に住んでいる。子供達の高校受験に備えて転校をしないほうが良い事、妻はもともと土浦近辺の出身で友人も多く、実家も近いため暮らしやすかった(それは高校で同級生だった倉田も一緒ではあるが。。。)ことも合わせて土浦に家を構えて家族は土浦に定住してきた。子供達が独立した後は定年までせめて一緒に転勤族でお供したい。と言ってくれた由紀子だったが、土浦から車で30分ほどの石岡市に住んでいる美咲に子供が生まれたことから、そのサポートとしてすっかり娘にあてにされ、そして義理の母親より実の母親の方がいろいろと頼りやすいことを知っている由紀子は地元に残ることを決めた。その結果が、この写真の構図。というわけだ。
そして、その隣に立っている写真に目を移す。白地に濃い青、薄い青のラインでデザインされたヘリコプターを正面から写したもので、その隣に倉田の若い頃に似た顔の輪郭と表情に、由紀子に似た目、鼻、口の若い男性が立って満足そうに微笑んで敬礼していた。この男性が倉田の息子の昇護である。写っているヘリコプターは海上保安庁のアメリカ製のベル212型で、長年海上保安庁の陸上基地や巡視船に配備され主力として活躍してきたヘリコプターで、昇護はそのパイロットをしている。父の健夫と同じく幼少から空に憧れていた昇護は、父と同じ道を歩み始めた、しかし、健夫は、自分が目が悪くなりパイロットへの道を断念したことから、息子の視力にはとにかく気を遣った。その成果もあり、昇護は、視力を悪化させずに学力を向上することができた。健夫は、当然息子が自衛隊パイロットを目指すと思っていたのだが、昇護は自衛隊パイロットになることを拒んだ。ある日、形だけでも自衛隊航空学生の試験を受けてみないか?と勧める健夫に、「国を守るための軍隊と同じ意義で存在し、その装備の面でも立派に軍隊でありながら、国には軍隊であることを禁じられ、その装備で国を守るための有効な法もなく、未だに多くの国民からその存在意義さえ否定されているその集団で志高く生きるのは自分には出来ない。同じく海を守るなら海上保安庁で活躍したい。」という頑なな昇護の答えに。そこまで言われてしまっては、現職自衛官の健夫も説得は出来ない。それよりも、そこまで自分を持つようになった昇護に頼もしさを感じたほどだった。同じ旧日本海軍を母体にしながら海上自衛隊と海上保安庁の間に存在した軋轢も少なくなってきたことを実感してきた時期だったこともあり、健夫は海上保安庁を志す昇護を素直に支援する気持ちになれた。折りしも、海上保安官をテーマにした映画が大好評となり、さらにシリーズ化されて長期的な人気を博した時期で、海上保安庁の人気もそれに比例して急上昇、海上保安庁に入るためには圧倒的に競争率の中勝ち残らなければならなくなった。そんな中、昇護は、見事海上保安庁に合格し、今は念願のヘリパイロットをしている。しかもベル212型は、昔から昇護が惚れ込んでいたヘリコプターである。今は仙台の基地にいるはずだが、今度はいつ顔を合わせられることやら。元気でいるのかな。と思いを巡らす。コーヒーを飲み終えた倉田は、写真に向かって笑顔で軽く敬礼をしてから艦長室を出た。

足取り軽くラッタルを上がってくる倉田を見つけ、
「艦長、入られます!」
当直の中年の3曹が倉田に敬礼をした後声を張り上げた。
答礼しながら倉田は階段を上りきった。
「ご苦労さん」
倉田は各位に敬礼をしながら艦橋に入った。
 副長の冨沢が倉田に近寄り報告を行う。
「艦長。やはり昨日の漁船団は、まっすぐ尖閣に向かっています。先ほど、海保11管区の「はてるま」から、海監のレーダー波がこちらに届いているか問い合わせがありました。」
「ほう、なるほど漁船団が海監のレーダーにキャッチされているか確認してきたというわけか。やるじゃないか。おめおめと中国のような三流海軍国の船に先回りされるわけには行かないからな。組織は違えども帝国海軍のプライドは同じという訳だ。」
と満足そうな笑みを浮かべて倉田が応じる。
「仰る通りですね。レーダー波をキャッチしている旨を回答しておきました。お手並み拝見と行きましょう。我々が近付けないのは歯がゆいですが。。。」
冨沢が苦笑した。
海上保安庁に息子がいる自衛艦艦長なんて前代未聞だろうな、こういう考えの人ばかりだともっと円滑になるんだろうな。冨沢は思った。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹