尖閣~防人の末裔たち
ま、浮気されて離婚した俺が言うと、、、負け惜しみ聞こえるかもしれませんが、自分のためにも離婚して良かった。と、今は思います。あいつはまだ独り身らしいですけど。。。」
古川は、初めて他人に離婚して良かった。と言った事に気付いた。そして、悦子のその後の事に触れたのも。。。今日はかなり飲んだのかもしれない。
「そうか、それを聞いてなんだかホッとしたよ。俺が引き裂いたようなもんだもんな。俺さえ黙ってりゃ、こんなことにはならんかったのかもしれない。
それにしても悦っちゃん、まだ独り身なのか?驚いたな。さっさと再婚したのかと思ってたよ。
お前に未練たらたらだったりしてな。」
権田が安堵した表情を見せた。きっと心からあの時の事を後悔していたのだろう。確かに権田に見せられた見知らぬ男と悦子が腕を組んで歩いている写真がきっかけではあったが、
「そんなこと気にしてたんですか?結果オーライですよ。それにアイツも独り身を満喫してるんじゃないですか?」
そう。。。結果オーライだ。と俺は自分に言い聞かせて生きてきたのだ。
古川は日本酒を呷(あお)った。
確かに悦子が独り身なのは気になるが、、、今の俺は充実している。きっとアイツなりにいい人生を送ってる筈だ。俺の事なんか片隅にもあるまい。いや、あっちゃいけない。
そもそもなんで権田さんは今さら悦子の話をするんだ?
古川が、不快感を感じ始めたとき、権田の携帯電話が鳴った。権田は、携帯電話を開くと、困ったような顔をして
「失礼」
と言うと、
廊下へ出て行った。
古川は、襖(ふすま)が開く音で目を覚ました。
5分経ったろうか、いや10分経ったろうか、酒に酔うあまり気持ちよく居眠りをしていたらしい。
権田が戻ってきたのだった。心なしか顔色が悪いようだ、さっきまでは赤ら顔だったのだが白っぽく見えた。日本酒を飲み過ぎたな?それにしても、権田さんも随分酒に弱くなったもんだ。
権田は、座布団に座り、おもむろに盃を開けると、無言で古川に日本酒を注いでから、自分の盃を満たした。
「なあ古川、何も言わずに従ってくれ。」
権田の声が厳しさを含んでいた。危ない橋を渡るときの声だ。権田は飲み過ぎてなどいなかったのだ。
「えっ?どういうことですか?」
古川が聞き返した。
「いいか、黙って聞けよ。
昨日お前が撮った尖閣での写真のデータを全て河田さんが買い上げたいそうだ。500万払うと言っている。」
権田の声が何となく命令口調に聞こえる。
「えっ、だって、そんなのコピーすればいいじゃないですか、あんな写真、いくらでも差し上げますよ。って河田さんに言ってください。」
古川が戸惑いがちに答えた。どういうことなのか、さっぱり意味が分からない。
「要するに、河田さんしか、あの写真を使っちゃいけない。ってことにしたいらしい。法的に言えば著作権ってことだな。きっと。とにかくそうしろ。それがお前のためだ。黙って従ってくれ。」
権田が頭を下げた。全く意味が分からない。古川は内心毒気づいた。何か気に障るっしゃしんでもあったのだろうか?それとも500万円の価値のあるニュース性の高い写真でもあったのだろうか?それとも単に独占したいだけなのか。。。
いずれにしても、俺はまだ全部写真を確認したわけじゃないので分からなかった。
「権田さん、やめてくださいよ。俺に頭なんか下げないくださいよ。俺も全部の写真に目を通したわけじゃないので、なんとも言えません。何でそんなこと言ってきたんですか?」
古川の声が大きくなった。
「いや、俺にも意図は分からない。
ま、お前がそこまで言うなら仕方ないな。それに理由が分からないのに、言うことを聞いてくれ、なんて言う俺もどうにかしてる。
変な事を言ってすまなかった。気が変わったら連絡をくれ。」
権田はそう言うと、その後は、この話を話題に出さなくなった。
2人は、残った酒を飲み干すと、店を後にした。
写真の話の後、何事も無かったかのように他愛ない話を続けたが、古川は写真のことが気が気ではなく、何を話したのかも覚えていなかった。
権田と別れて1人になると、今まで遠慮していたかのように頭が軋むような痛みを訴え、体全体が倦怠感に包まれる。それでも写真が気になる古川は、体に鞭打って家路を急いだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹