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尖閣~防人の末裔たち

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 この写真を見る限り視聴者は、中国海警船が海保のヘリを銃撃した。という構図を疑わないだろう。
 「あちゃ~。」思わず古川が失笑した。また権田さんに怒られるな。。。テレビに映し出された写真のヘリのローター(水平に回転する大きなプロペラ状の羽根;回転翼)が止まって見える。
「プラモデルじゃね~んだぞ。」
権田の声が聞こえてくるようだった。またシャッタースピードが速すぎたんだ。
 シャッタースピードが速ければ速いほど、写真に焼き付けられる絵、即ち光があたる時間が短くなる。シャッターが開いている時に焼き付けられた光が、写真としての像になる。例えばシャッタースピード1/1000秒で撮影した場合は、1/1000秒しかシャッターが開かないので、その時に入った光のみが画像として焼き付けられる。1/1000秒よりも遅い動きのものは画像の中で止まり、1/1000秒より速ければ画像の中でも動く、この止められれない動きが、ブレになる。ヘリコプターのローターや、飛行機のプロペラが回っているように、即ち、ブレているように画像の上で動きを滲ませるのであれば、シャッタースピードを1/125秒程度にするのが妥当なところだろう。
 お盆休みのためかいつもの有名な美人アナウンサーではなく、あまり見掛けない中年アナウンサーが淡々と事実を伝える。NHKまで女子アナブームにのっているのに顔をしかめる部類の人間に入る古川は、何の違和感も、不満も感じなかった。
 中年アナウンサーは、中国海警船が尖閣諸島の接続海域から日本漁船の航行を妨害しはじめ、そのまま日本の領海に侵入。警告のために上空を飛行していた海上保安庁のヘリコプターが銃撃を受けたことを淡々と述べ、さらに、この中国海警船の領海侵犯と、付近を飛行していた海上自衛隊のP-3C哨戒機に対して、中国海軍の戦闘機が執拗に追尾し、さらに領空侵犯をしても引き続き追尾していたことに関して、日本政府が駐日中国大使を外務省に呼び抗議したことを追加した。駐日中国大使は、「本国に伝える」と、回答はしたものの、駐日中国大使の意見は、尖閣諸島は中国固有の領土であり、適切な対応だったということで、ニュースを締めくくる。続いて天気予報に移ったところで、古川は冷蔵庫からビールを取り出し、喉を鳴らしてひと口飲むと、
「固有の領土。。。まさに上から下まで異口同音だな。」
と吐き捨てるように言うとリュックから煙草とジッポライターを取り出した。
 溜息を吐いた後、茶色いフィルターの赤LARKを口に軽くくわえて、火をつける。シュボッという心地よい着火音と、オイルの香りが何ともいえない癒しを与えてくれる。煙を深く吸い込むと、久々の刺激に体中が拒否反応を示し、目眩を感じた。
 もしかしたら禁煙できるかもしれないな。あの時は、なぜ禁煙できなかったんだろう。。。破綻した悦子との結婚生活のなかで、彼女がずっと嫌がっていたことのひとつに古川の喫煙があった。結局離婚の原因は悦子の浮気だったが、そこに至る幾つもの要因の中のひとつが喫煙だったのかもしれない。大雑把に言えば、夫婦と言うのは、他人との共同生活だ。絶対に違う習慣や行動、価値観がある。多くの人は結婚してからこのことに気付き、理解、妥協、矯正を行う。不幸なことにそれを出来ずに不満という名のストレスが時限爆弾の針のように進んでいくものだ。何が要因になっているかなんて時限爆弾が爆発するまで気付かない。俺の場合は、悦子の「浮気」という名の爆弾の時計の針を権田の密告が一気に進ませて、爆発させた。悦子はいろいろ言っていたような気がしたが、男のプライドを傷つけられて、離婚という答えを決めていた俺には、全て言い訳にしか聞こえなかった。俺は、悦子が俺達の結婚生活をこの先どうしたいのか?も聞かずに一方的に離婚届を突きつけて、家を飛び出した。
 浮気した奴は人間のクズだ。理由はどうあれ、結婚生活の未来に意見する資格はない。今でも俺はそう思っている。が、悦子浮気相手と幸せになって欲しいと思っていたのも事実だった。そういう意味では、俺は悦子を愛していたのかもしれない。一度も返事を書いたことがないのに、いまだに悦子から送られてくる年賀状や暑中見舞いの差出人は旧姓のままだった。まるで、俺への当てつけのように独身を貫いていることをアピールしている葉書の数々。。。さっさと再婚しちまえ、と思う反面、悦子の苗字が変わってないことに少しホッとしている自分に最近気付き始めたのも事実だ。俺もアイツもどうにかしてる。。。
 古川が、短くなった煙草を机の上の灰皿に押しつけた時には、ニュースキャスターが変わっていることに気付いた。くだらん考え事をしちまったらしい。疲れが出たな。時間は、21時5分だった。やはり、お盆休みのレギュラーの代打といった普段は見掛けない中年男性と、髪の長い女性アナウンサーが先ほどのニュースの内容を繰り返している。バックにも、先ほどの古川が撮影した写真だった。写真には
-尖閣銃撃事件-
という文字が埋め込まれていた。
 21時台はNHKしかニュースをやっていないが、今日一日のニュースを俯瞰するには丁度よい。21時を5分過ぎてもこのニュースということは、尖閣がトップの話題になっているのだろう。21時台のニュースは時間が長いので、どれだけの時間と内容かで、NHKのこの問題への関心の高さが分かる。
「間もなく国土交通大臣の記者会見が行われます。」
アナウンサーが言うと、
 画面が切り替わり、国土交通大臣の赤焼けした顔がアップで映る。昼間のゴルフを中断されたためか、事の重大さを真摯に受け止めているためか、いつもの人懐こい表情は微塵も見られなかった。会場の雰囲気を伝えるためにカメラが少し引くと、背景には、国土交通省というゴシック体の文字が記されたパステル調の水色と白い四角がタイルのように張り巡らされた壁が映る。
 国土交通大臣が一礼したのを合図に、カメラのフラッシュが不規則かつ連続的に瞬き、テレビの画像を白く乱す。
 国土交通大臣は、
 本日14時頃、領海を侵犯した中国海警船に海上保安庁のヘリコプターが警告していたところ、突然何者かに銃撃され、副操縦士が重体である。
 中国海警船の領海侵犯については、防衛省と共に海上自衛隊P-3Cが中国海軍戦闘機に領空内で追尾されたことと併せて駐日中国大使に厳重に抗議した。
 また、現在は、尖閣諸島付近にはいかなる中国の船舶・航空機も存在しない。
 と告げた。
「では、質疑応答をどうぞ」
ざわついた会場に司会者の声が頼りなく響くと、
「産業日報の権田です。中国海警船は単独で領海に侵入したのでしょうか?」
権田の姿は映さず、声だけがテレビのスピーカーから流れる。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹