尖閣~防人の末裔たち
休みのところこんな時間まで。。。やっぱり権田さんは変わってないな。。。これから権田さんの突っ込みはすごいだろうな。と古川が昔を懐かしみ、ビールをひと口飲む。権田は、自分が情報を得ていれば得ているほど、相手の情報開示の少なさをこじ開け、事実関係を認めさせていく戦法で、相手の懐をオープンにする。さらに掘り下げていくことで、相手が受けた感情を刺激し、開けっぴろげにして、最終的には、これからどういう方針を取るかまで引き出してしまう。相手が自分が担当する防衛省でない分、しがらみがないから容赦しないだろう。たしか国土交通省担当は、権田よりも4年若い優男だ。遠慮は無用だ。
国土交通大臣は、とぼけた表情で
「はい。付近には日本の5隻の漁船が航行していました。」
と答えた。会場が静まり返るのが、テレビからも伝わってくる。
「その日本の漁船団と中国海警船との関連はどうなんですか?日本の漁船と関係なく中国海警船が魚釣島の日本領海に侵入した。ということでよろしいんですね。」
権田の優しく確認する声音を聞いて、古川は、始まったな。と思った。
国土交通大臣は、ポケットから取り出した青いハンカチで額の脂汗を神経質そうに拭く。変化を待っていたかのようにフラッシュの連写を受け、額が、頬が光を跳ね返す。
「こちらが得ている情報では、中国海警船と日本漁船団は併走していたとのことです。」
表情とは裏腹に国土交通大臣は淡々と回答する。
最初の情報提供者である産業日報を暗黙の了解で優先している他の報道機関は、黙って事の成り行きを見守る。
「なんでそいういう大事なことを言わないんですかね。。。魚釣島に向かう日本漁船団に対して中国海警船が近づき、妨害していたということですよね?そしてそのまま領海侵犯した。これは明らかに主権侵害じゃないんですか?」
権田の落ち着いた声が響く、権田は決して口調や態度で挑発しない。相変わらずテレビカメラは国土交通大臣しか捉えていないが、古川には権田の相手を試すような笑みが浮かぶ。
「事実関係を確認中です。」
国土交通大臣は、何か問題でも?という表情で回答する。
「は?確認中?あれから何時間経っているんですか?そんな暢気なこと言っていて、大丈夫なんですか?自分の国の領海で他国の船に追い回されている状況が普通なんですかね?」
権田が少しずつ掘り下げていく。
「そのようなことはあり得ないと認識しております。現在、副操縦士から摘出した弾丸を鑑定中です。」
国土交通大臣は俯き加減に答える。
「えっ?あり得ない?でも確認中なんですよね?どこに確認してあり得ない。という認識をしているんですか?弾丸が中国製だったら抗議するということですか?それは別問題ですよね?撃ったのが中国海警船かどうかとは別の問題ですよね?」
突然画面が切り替わり、先ほどのアナウンサーが頭を下げる。
「会見の途中ですが、時間の都合上次のニュースに移ります。」
アナウンサーの声が入り、チャンネルを変えようとすると、中国政高官がなにやら会見している映像が流れテロップとアナウンサーの声が流れる。
「中国政府は、本日の銃撃事件に関して、尖閣諸島に展開していた艦船及び、航空機を帰還させて銃撃の有無を確認中である。とコメントしました。」
ほー、中国にしては前向きだな。やはり、「ペンの力」の勝利なのかもしれない。古川がビールを喉を鳴らしながらふた口飲んだ。
「これに関してアメリカ政府は、中国の冷静な対応は、今後のアジア太平洋地域の安定に寄与する行動として評価したい。と発表しました。」
古川は、ビールを吹き出しそうになり慌てて飲み込むと、大きくむせ込んだ。アメリカの弱腰振りがここまで重傷だったとは。。。領海侵犯に対する抗議が先な筈なのに、完全に中国のペースに乗せられている。やはり、中国に経済を握られている国家としては、良い点をクローズアップすることで、発生した溝に「御機嫌取りのセメント」を流し込み埋めていく、そして日本政府もそれを汲むように暗に示唆しているのではないか。。。当然日本経済も中国は無視できない存在だ。「御機嫌取りのセメント」は、国家の主権という名の資源を原料にして作られている。即ち、溝を埋めれば埋めるほど、相手を増長させるということになるのではないか?そういう意味では「ペンの力」は局地的な勝利しか収めていないことになる。。。この件に関しては、そういうことになるのかもしれない。しかし、もし弾丸が中国製だということが判明したら、日本は毅然とした対応を出来るのだろうか。。。
美由紀は、夕方から様々な放送局のニュース番組をハシゴし、ネットニュースも読み漁った。ニュース速報で事件を知った時の衝撃から立ち上がったのは、1時間を過ぎた頃だろうか、昇護の母親から電話があり、やはり昇護が撃たれたということを告げた。
それまで淡々と語っていた昇護の母を、流石に夫が海上自衛隊、息子が海上保安庁に勤めている女性は強いんだな。それに比べて自分はなんて弱いんだ。。。と思いながら聞いていると、「左の太股と下腹を撃たれたの。。。意識が無いみたい。。。」と怪我の状況を告げた昇護の母の声が涙声になり、遂には会話にならなくなった。やはり待つ身の辛さにじっと耐えてきたんだ。。。昇護の母の普通の女性の弱さに触れ、美由紀も枯れた筈の涙が溢れ、お互いを慰めあった。昇護が那覇の自衛隊病院で腹に受けた弾丸の摘出手術を受けているという現状をやっと口にすると、昇護の母親は、今から那覇へ向かう。また電話するから。といって電話を切った。
私は、結局何もできない。。。昇護の母親が電話をくれなければ、昇護が撃たれたのも知らなかっただろう。所詮恋人同士。。。こんなに疎外感を受けるのは何故だろう。。。遠く離れた場所で時に身を危険に晒しながら人の為に仕事をする昇護。。。所詮恋人。。。では片付けられたくない、手遅れになってからでは遅すぎる。。。怪我したのも知らず、死んだとしても知ることは無いだろう。。。それじゃあまりにも悲しすぎる。。。あまりにも惨めすぎる。。。何よりもそんな私を恋人だと思って遠く離れて頑張る昇護が可哀想すぎる。。。美由紀は改めて強く思った。昇護と結婚する。妻になれば、一生繋がっていられる。生きて、昇護。。。
ニュースのハシゴを続けても結局新たな情報は得られなかった。逆に現場で働く人間を無視するかのような無神経なコメンテーター達に心を痛めた。
ハシゴするニュース番組が無くなり、時計を見ると、いつの間にか23時を過ぎていた。風呂も入っていなかった。まだ昇護の母からの連絡はない。美由紀は深い溜息をついてテレビを消すと、入浴するために着替えを用意し始めた。その時、美由紀の携帯のメール着信音が鳴った。着替えを床に投げ、慌てて携帯を取ると昇護の母からのメールだった。
-夜分遅くにすみません。遅い時間なので電話ではなくメールにしました。弾丸の摘出手術は無事終わりました。意識も時期回復するだろうとのことです。御心配をお掛けしました。おやすみなさい。-
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹