赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 1話~5話
「えっ・・・辰巳芸者を知らないのかい?、あんたって子は!。
無理もないか・・・あんたの年齢じゃ。
辰巳芸者というのは江戸の深川(東京都江東区)界隈で活躍していた
芸者衆のことです。
江戸の東南の方角にあったことから、「辰巳の芸者」と呼ばれた。
薄化粧で、身なりは地味な鼠色。冬でも足袋を履かず、素足のまま。
当時男のものだった羽織を引っ掛けてお座敷に上がり、
あえて男っぽい喋り方をした。
気風がよくて、情に厚く、芸は売っても色は売らない。
それが江戸を風靡した、辰巳の芸者さ」
「ということは、お母さんは、深川の出身になるのですか?」
「違う。お母さんは、越後の海沿いで生まれた。
かぞえで12になった時。家の事情で売られ、深川へ身を置いたそうです」
「身を置くというのは、どう言う意味ですか?」
「苦海に身を置くという、言葉がある。
苦しみが深くて、苦悩が果てしなく続いていく人間界のことを、
海にたとえて表現した言葉です。
親の借金や家の都合で、年頃に成長した娘たちが遊女に売られていく、
そういう話は、昔はよくありました」
「・・・女は、売られていくものなのですか?」
清子の青く澄んだ目が、若女将を覗き込む。
清子の目に曇りは無い。15歳になったばかりの、世間を知らない少女の瞳だ。
世俗のことなど、微塵もわからない。
「お前。生まれたのは群馬県だろう。
群馬といえば、『廃娼運動』発祥の地だ。
・・・そうか。お前はまだ15歳になったばかりか・・・。
女たちの悲惨な歴史を知らなくても、無理はないのか・・・」
(4)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 1話~5話 作家名:落合順平