赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 1話~5話
「当たり前だ。
泣く子も黙る辰巳芸者の春奴姐さんといえば、粋が信条のお方だ。
そのくらいのことを言えと、おめえさんをしつける。
だがよ。遠慮することはねぇ。
誰にも言わねぇ、俺とお前だけのここだけの話だ。
嫌いな物があるんなら今のうち、はっきりこの俺に言え。
こう見えても怖い顔をしているが結構、役に立つんだぞ、この俺さまは」
「たとえ嫌いなものであっても、すすめてくれるお客様の前では
にっこり笑い、『いただきます』とお礼を言います。
食物は、たとえ嫌いなものであっても、後になってから人の身体の
血となり骨となり、活力の源になるそうです」
「まいったねぇ。若女将。
子供だと思っていたら、見事に一本取られちまった。
弟子はもう取りませんと言っていた春奴姉さんが、この子だけは特別にと、
見込んだだけのことはありそうだ。
お前はよう。いまも現役で頑張っている伝説の辰巳芸者の春奴が、
20年ぶりに手がける、久しぶりの赤襟だ。
春奴と同じように俺も、お前さんの成長が、なんだか楽しみになってきたぜ」
「ごめんなさい。銀次親方。
清子に、嫌いなものがひとつだけあります」
「お?、なんでぇ、気が変わったか。
やっぱり有ったんだな嫌いなものが。遠慮しないで正直に言ってみな」
「ウチ。化学調味料がだいの苦手です・・・・」
「ああ?、何を言い出すかと思えば、化学調味料が苦手だと?。
へぇぇ・・・いまどき流行りの味の素だの、ハイ・ミーなどの化学調味料の
ことかい。
安心しな。俺ンところではそういうものは一切使わねぇ。
カツオと昆布で、ちゃんと出汁を取る。
なんでぇ。おめえさんは、化学調味料が苦手なのかい?」
「はい。舌がピリピリ痺れます」
「なるほどねぇ。ガキだと思ってあなどっていたら、こいつは驚いた。
子どものくせに、まともな舌を持っている。
いまどきのいい加減な調理人たちは、流行りの化学調味料をやたらと使う。
手間をかけず、簡単に仕事を済まそうとする。
だが安心しな。
本物の和食を作っている俺たちは、そんなものは使わねぇ。
旨いものをたらふく食わせてやるから、早く一人前の芸妓になって、
お座敷へ上がってこい。
楽しみにしているぜ、俺も。お前さんがお座敷にやって来る、その日を」
(3)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 1話~5話 作家名:落合順平