戒厳令都市デタトンの恐怖
ニーコ街の受付嬢が携帯電話の向こうで言った。
「知り合いですか?知り合いなら、電話を繋ぎますが」
スカイは携帯電話に言った。
「まあ、別に構わないけれど」
スカイは、マグギャランとコロンを手で呼んだ。二人は顔を近づけた。スカイは携帯電話のボリュームを上げた。
スカイの携帯電話からポロロンの声が聞こえた。
「ポロロン・アッパカパーです」
マグギャランが、スカイの携帯電話に狼狽えた声で言った。
「何、ポロロン・アッパカパーなのか?」
携帯電話の向こうでポロロンが言った。
「そうです。わたくしはポロロン・アッパカパーです」
間違いなく、アッパカパー要塞のポロロン・アッパカパーの声だった。今は小イジアと結婚しているはずだった。
マグギャランは言った。
「何でポロロンが、俺達に電話を掛けて来るんだ」
マグギャランが額に浮き出た汗をゴロジのブランド・マークが沢山付いたハンカチで拭った。
スカイは携帯電話に言った。
「ああ、仕事は上手く行ったはずだ」
内心、スカイはポロロンが、アッパカパー要塞で上手く行くとは思っていなかったが。
結婚するなら、それなりに上手く落ちるところに落ちて落ち着くと思っていたのだが。
ポロロンは携帯電話の向こうで言った。
「実は、わたくしは、イジア国に居られなくなる理由が出来まして、ミドルン王国に出る山道を降りて来てしまったらしいのです」
マグギャランは言った。
「やっぱり、上手く行くとは思わなかったが、とばっちりのような物が付いてきたなスカイ」
マグギャランは溜息をついた。
スカイも溜息をついた。
スカイは言った。
「確かに簡単に二百五十ネッカー(二千五百万円)が手に入る訳はないか」
ポロロンは携帯電話の向こうで言った。
「わたくしは、ミドルン王国には知り合いが一人も居ません。どうすれば良いのか途方に暮れているのです。それで、唯一顔を知っているミドルン王国人は、あなた達、三人なのです。村の人に携帯電話を借りて冒険屋組合に電話を掛けて、あなた達の事を聞き出しました」
マグギャランが嫌そうな顔をした。
マグギャランは言った。
「どうする、スカイ」
スカイは言った。
「このまま放って、おくのも不味いだろう」
マグギャランは溜息を付いた。
マグギャランは言った。
「確かにな」
スカイは言った。
「それじゃ、どうするか」
マグギャランは言った。
「ポロロンを迎えに、もと来た道を戻るか」
スカイは予想していた答えを聞いた。
スカイは言った。
「戻るのか?」
マグギャランは言った。
「ああ、仕方がない、それしか在るまい」
スカイは言った。
「それじゃ、ポロロンに返事を送るぞ」
マグギャランは言った。
「うむ、仕方がない」
マグギャランは、また、仕方が無いと言った。スカイも、どうしたモノかと困惑していた。
そして、スカイは携帯電話に話した。
「ポロロン、コレから、オレ達三人は、お前と合流するために移動する。今どこに居るんだ」
ポロロンは携帯電話の向こうで言った。
「わたくしは、パレッアー山脈の登山道入り口の宿泊施設「ボンゴレッダ」に居ます」
スカイは携帯電話に言った。
「1日ぐらい歩く必要があるから、
ポロロンは携帯電話の向こうで言った。
「スカイ。わたくしは、お金を持っていないのです。どうすればいいのでしょうか」
スカイは携帯電話に言った。
「それじゃ、オレ達が「ボンゴレッダ」の宿泊代を支払う事になるから、話しを通す為に、携帯電話を「ボンゴレッダ」の宿主に渡してくれ。保証人はミドルン王国のニーコ街の冒険屋組合が保証人になる。お前の1日の食事代と宿泊料を借りる事が出来るはずだ。何とか、オレ達が着くまで一日生存していろよ……」
少女騎士ピココ・グリップは、テレビを見ていて言った。
「決めた、行くぞ!」
魔法使い見習いの、十七歳の娘、レニー・ハンドリングは、ピココ・グリップを見ていた。そう、この御領主様の所の、お嬢様は、頭は極めて軽いのであった。脳味噌の中身も、かなり少ないようにレニーは思っていたが、敢えて口に出すことは無かった。そう、御領主様の所の、お嬢様だからだ。また何時もの病気だった。
まあ、いいや。とレニー・ハンドリングは思って、エターナル受験に必要な魔術の参考書「初等六元魔法」に視線を戻した。初等と言っても、エターナル受験に必要な六つの元素の魔術を習得するための本であり、普通の人間の頭では理解できない難解な物だった。 レニー・ハンドリングは子供の頃からエターナルの魔法使いに、なることが夢だった。その為に、エターナル受験に有利な「白き波濤」学派の家庭教師を両親に雇って貰って猛勉強していたのだが、その夢は御領主様の、お嬢様であるピココ・グリップによって半ば粉砕されていた。
現在、レニー・ハンドリングが就いている職業は、最低最悪の職業「冒険屋(アドベンチャー)」だった。この職業は、伝説的な、デタラメな職業で、まず、出自や職業などがデタラメで、上は王侯貴族から下は一般人やモンスターまで何でも在りの職業で、レニー・ハンドリングが一般人だった頃は「ゴロツキ(ローグ)」と呼んでいたような職業だった。実際、テレビでは冒険屋がらみの犯罪がよく、報道されていた。
だが、運命とは因果な物で、現在レニー・ハンドリングは、そのゴロツキの職業に御領主様の、お嬢様のピココ・グリップのせいで就かされて居た。
ピココは言った。
「おい、レニー。留衣。サイ。ボク達はデタトンへ向かうぞ」
はあ?デタトン?
あの、今、ミュータント事件が起きている。
レニーは慌てて手を振って言った。
「デタトン、といえば、ミュータント事件が起きた場所では…」
ここまで、言えば、普通の頭が働く人間ならば、ミュータントに、なることを恐れて、近寄ろうなんて、考えるはずは無かった。
だが、相手は、この頭の軽い御領主様の、お嬢様だ。レニーは、忍耐強く次の言葉を続ける必要を感じていた。
レニーは参考書から顔を上げて言った。
「…止めた方が良いですよ。私は、大、大、大の大反対です。絶対、これは、止めたほうが良いと言うぐらいに不味いし、とにかく止めた方が良いですよ。もしミュータントに、なったらどうするんですか」
ピココは言った。
「レニーは、臆病だな。このボクが付いて居るんだぞ、ミュータントなんか、恐れるに足らずだ」
ピココは、腰から剣を抜いて太陽に、かざした。
確かに、今までのレニー達が引き受けた冒険屋の仕事は、奇跡的に運が良くて、全て成功して、きていたが、そんな運などと言う不確定な物に頼っていられる筈は無かった。いつ、どこで、しっぺ返しが来るかレニーは非常に気にしていた。だが、その、しっぺ返しはレニーの予想を大きく越えた形で起きようとしていた。
まさか、私がミュータントになったら、どう責任を取ってくれると言うの。
十六歳のスカウトの娘サイは言った。
「ピココ様、町中で刃物を抜く癖は止めて下さい。捕まりますよ。ホラみんな見ている」
作品名:戒厳令都市デタトンの恐怖 作家名:針屋忠道