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からっ風と、繭の郷の子守唄 136話~最終話

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 一ノ瀬の裸になった梢の下で、美和子が立ち止まる。

 
  「私もここから見える、関東平野の景色が大好きです」


 平野が広がる景色を、美和子が見下ろす。
一ノ瀬の裸の梢を揺らして、赤城山からの冷たい北風が吹きおろしていく。


 「通学の電車の中。いつも赤城山を見つめていたあなたの横顔が大好きだった。
 時々。盗み見るように私を見ていた、あなたの目も大好きでした。
 私が傷ついたとき。心が辛い時、あなたはわたしを応援するかのように
 遠くから、いつもわたしを見つめてくれていました。
 そんなあなたの瞳が大好きでした。
 今だから白状します。
 ほんとはね。私のほうがあなたに一目惚れしていたの。
 今なら、あなたにそれを言えたのに、あの頃は無理でした。
 あなたをただ、見つめ返すだけで精いっぱい。
 1歩を踏み出せなかったことが、わたしたちのその後の10年を
 作ってしまいました。
 康平。お願いだからはっきり聞かせて頂戴。
 他人の子供を本当に、育ててくれるつもりなの?
 そんな女は大嫌いだとすっぱり言ってくれたほうが、私は楽になります。
 いまの私はいまのままで、充分に幸せ。
 あなたが見つめていてくれるだけで、私はこの子と二人で
 生きていくことが出来ます」


 「俺と暮らすのはまっぴらだと、いう風に聞こえた」


 「馬鹿ねぇ。先を急がず、これから先を生きていきましょうという話です。
 この子があなたのことを父親だと認めたら、私もその時から、
 一緒に住むことを考えます。
 康平。あなたの気持ちは、涙が出るほど嬉しい。
 10年間。ずっと私を見守ってくれていたことにも、あらためて感謝します。
 でもね。今の私は、この子を育てることがすべてなの。
 あなたのお母さんは、いつでもおいでと私に言ってくれました。
 もちろん。よろこんで相談に伺うつもりです。
 子育てに迷ったら、いつでも相談に乗ってもらうつもりです。
 なによ・・・そんな顔して。
 あんたの悪い癖です。行き詰まると直ぐ顔に出る、その悪い癖。
 人様に、不機嫌な顔は見せないの。
 別れ話をしているわけではないでしょう、あたしたちは。
 会えるじゃないの、いつでも。あたしたちの家は、すぐ近所だもの。
 この子のために子守唄を歌うけど、康平のためにもちゃんと歌ってあげます。
 疲れたら、あたしを思い出して、訪ねてきて。
 昔。このあたりの集落には、夜這いという風習があったそうです。
 親の目を盗み、こっそり女性の寝室に忍んでいくの。
 大らかな時代の、粋なしきたりです。
 年頃の娘を持った親は、表に面したお部屋にカギをかけず、
 娘たちを寝かせます。
 ときには、何人もの男性が忍んでくることがあったようです。
 子供が出来ると父親は、女性の側から指名できたそうです。
 たいへん、おおらかな時代だったようです。
 父親が不明の場合、部落で子供を育てたというから、これもまた驚きです。
 あたしもカギをかけず、実家のお部屋で、この子と2人で寝ています。
 それならあなたも、我慢できるでしょ?。
 困らせないでよ康平。ワガママばっかり言わないで」



 「夜這いか・・・前近代的な言葉だ。
 男の方から忍んでいくのかよ。
 そういえば『村の娘と後家は若衆のもの』という時代があったそうだ。
 農村に、『若者組』という組織があった。
 婚姻の規制や承認を行い、夜這いにも一定のルールを設けていた。
 都会には廓があり、たくさんの娼婦がいた。
 しかし。田舎では夜這いの風習が有ったため、遊郭や娼婦たちは
 必要なかった。
 男の方から訪ねていくのは、『妻問い婚』だ。
 なんだか、それも悪くないな」